銀盤の妖精

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「おい、直人! 見たか今の。由香ちゃんすげぇよな。可愛いだけじゃなくて、実力も折り紙つきだ」
 昼休みも終りに近づいた頃、隣に陣取った蓮見正行が双眼鏡を手に快哉を叫んだ。
 その視線の遥か先では、一年生の野上由香が小さな身体でスケートリンクを縦横に駆けまわっていた。
「高校で三回転半ジャンプを飛べるのは由香ちゃんぐらいのもんだ」
 確かにそれは事実だった。ただし、今、現在は。
 しかし、直人はもう一人だけ知っている。かつて在学中に三回転半ジャンプを成功させ、鮮烈な記憶として脳裏に焼きついた少女のことを。
「常に身体の重心を意識なさい。跳ぶ前、跳んでいる最中、着地する瞬間。一瞬でも重心の位置を見失うようじゃ、フィギュアスケーター失格よ」
 拡声器を通して、張りのある伸びやかな声がリンクに響いた。
 声の主は由香のコーチで、フィギュアスケート部顧問の高梨翠である。
 翠は目にも鮮やかなオレンジ色のパーカーに黒いタイツ姿で、教え子同様に競技用の白いスケート靴を履いていた。
「ジャンプはただ飛べば良いってものじゃないの。美しくなければならないわ。回転軸はリンクに対していつでも垂直。自分を高速回転する独楽と思いなさい。今やって見せるわ」
 当然のことのように言い放ち、翠はリンクサイドに拡声器を置くと、パーカーを脱ぎもせずに助走を始める。
 そして、あっという間にトップスピードに乗せ、由香のすぐ目の前で氷を蹴った。
「うぉっ!!」
 決定的シーンを見逃すまいと、直人は慌てて正行から双眼鏡を引っ手繰る。
 次の瞬間……
 カシュッ!!
 小気味良い音と共にブレードのエッジがリンクを削る。
「すげぇっ!!」
 遠目に眺める直人の驚嘆を余所に、翠は易々と三回転ジャンプを決めて見せた。
 悲しいかな、半回転足りないのは指導が目的であるのと同時に、現役時代の全盛期に較べて、すっかり成熟した肉体のせいであろう。
 ともあれ、拠り所のない空中にあっても軸は微動だにしない、惚れ惚れするような、完璧なジャンプだった。
「高梨先生、かっこいいよなぁ」
 呟いて直人は翠に見惚れる。
 その一方で唇を噛み締める由香の悔しそうな表情が気になった。
「あん? 相変らずおばはん趣味だな。そりゃ高梨先生は美人だし、昔はそこそこ良いスケーターだったさ。でも、二十五は無理だろ、二十五は。それよりも見ろ、由香ちゃんのあの、お人形みたいな脚を」
 若さ溢れる由香の肢体を指差し、正行は吐き捨てるように言った。
「そっちこそ、この間まで中学生だったガキに夢中じゃないか! 俺がおばはん趣味なら、正行はロリコンだろう!!」
 珍しく直人は食って掛かる。
 正行に言わせると二十歳を過ぎた女は皆おばはんらしい。
 だが、憧れの君をおばはん呼ばわりされては、例え相手が親友でも許せない。
 思っていた以上に声は大きくなり、アリーナの高い天井に朗々と木霊してしまった。
「こらっ、そこの二人! 練習の邪魔だから出ていきなさい!!」
 拡声器を通して叱声が飛んだ。
 直人と正行は弾かれたように観客席の最上段から飛び上がり、通用口に向かって一目散に走り出す。
 けれど、振り向きざまに見た翠の瞳は、何故だか直人の目に微笑んで見えた。
 
 放課後、今日発売のエロ雑誌を買いに行くと言って、正行は先に帰って行った。
 一人残された直人は、知る人ぞ知る校舎裏の駄菓子屋、伊東商店でチェリオを買い、ふらふらとスケートリンクへ足を伸ばす。
 直人の通う北皇学園は、北国特有の氷上スポーツに力を入れている高校である。
 スピードスケート部の面々が一群の流星となってリンクの外周を駆け抜け、中央ではフィギュアスケート部の妖精たちが、それぞれ思い思いに飛んだり跳ねたり廻ったりしていた。
「高梨先生は……いないみたいだな」
 一人呟いて溜息を吐くと、直人はチェリオをひと口飲んだ。
「あら、チェリオなんてまだ売ってたのね。それも昔なつかしい瓶チェリオ」
 背後から急に声をかけられ、思い切り咽る。
 慌てて振り向いた昇降口には翠が立っていた。
「いつもここで見ているわね。誰か御目当ての娘でもいるのかしら?」
 色彩の乏しいリンクにあって、自身の位置を選手に伝える派手なパーカーが眩しい。
 それにも増して、黒タイツの密着した下半身に目を奪われた。
「べ、別にそういう訳じゃ……」
 間近で見る翠の肢体に胸の奥がどきりと脈打つ。
 目を逸らし、床をみつめる素振りでちらちらと覗き見る。
(くぅ……こんな間近で先生の脚を見られるなんて……今日はツいてる!)
 すらりと伸びた脚はフィギュアスケーターらしく引き締まり、けれどもスピードスケーターとは違って、針金のようにほっそりしている。
 光沢を湛え、黒光りするタイツのせいでボディラインを隠すことは出来ず、深く切れ上がった股間はわずかに膨らみ、その中央に一本の皺を刻んでとても卑猥に見えた。
「どうせなら、もっと近くで見れば良いのに。昼休みのように騒ぐのでなければ、遠慮は要らないのよ」
 昼休みに叱られたことを思い出して急にばつが悪くなる。
 今、こうしているだけだって、顔から火を吹きそうなくらい緊張するのに、近くで見学など出来る訳がなかった。
「お、俺……もう帰ります」
 本当はもっと話していたかった。
 しかし、スケベ心を見透かされるのが怖くて、直人はその場を去ろうとした。
「ねえ、待って」
 呼び止められて下腹が縮み上がる。
(うげっ……もしかして……怒られる?)
 不躾な視線を咎められるのではないか、と冷や汗をかいた。
「知っているかもしれないけれど、私の名前は高梨翠。ねえ、君の名前は何ていうの?」
 唐突に名前を聞かれ、焦った直人はぼそりと呟く。
「……み、三浦直人」
 まさか、担任にでも報告するつもりなのか?。
 訝しがる直人に向かって、翠はあまりに意外なことを口にした。
「ねえ、三浦くん。その手に持ってるチェリオ、どこで買ったのかしら。私に教えてくれない?」
「えっ……」
「久しぶりに飲みたくなったわ。子供の頃は自販機の栓抜きを使うのが苦手でね。何度も落として瓶を割っては、泣きべそかいたっけ……」
 見た目はクールな翠の思いがけない一面だった。
 親しみを感じた直人は勇気を振り絞って訊いてみる。
「せ、先生も好きなんですか? チェリオ」
「ええ、でも、本当はドクターペッパー派なの。もちろん瓶のやつしか飲まないわ。部員には内緒よ。あの子たちには炭酸を禁じてるから。それと……」
 翠はそう言って、軽くウインクをしてみせた。
「見学ならいつでも大歓迎よ。好きな時にいらっしゃい。エッチな視線も少しくらいなら許してあげる」
 何もかも御見通しだったと知らされ、直人は穴があったら入りたい心境になる。
 恥かしさを紛らわせるように、慌てて質問に答えた。
「校舎裏の伊東屋……じゃなかった、伊東商店です!」
「フフフッ、わかったわ。今度行ってみる。ありがとう、三浦くん。またね」
 ひらひらと手を振り、翠はアリーナを軽やかに降りていった。
「嘘だろ……俺……高梨先生と知り合いになっちゃったよ……」
 小さくなっていく翠の背中を、直人は信じられない思いで見送った。
 遠くから見つめているだけだった翠の存在が、今はすぐそばに感じられた。

 下校途中、直人は伊東商店に立ち寄った。
 瓶と引き換えに返却される筈の三十円で、何を買おうか迷っていると、いきなり横合いからオーダーが入った。
「あばぁちゃん、ふ菓子三本貰うよ。お代はこの人が瓶代で払うから」
 座敷で正座したままうたた寝している婆さんに言って、セーラ服姿の少女は一本十円のふ菓子を鮮やかに三本抜き取り、さっさと店を出ていった。
「なっ……えええぇっ!? い、今のはいったい何だったんだ!?」
 余りの早業に、直人はひとりで大げさに驚く。
 それから思い出したようにチェリオの瓶を婆さんの膝元に置き、慌てて少女の後を追いかけた。
 店を飛び出すと、少女は肩まで伸びたツインテールを元気に揺らしながら、道のすぐ先を悠々と歩いていた。
「ちょっと待て! どういうことだ!?」
 詰め寄る直人にも何処吹く風という、その澄ました横顔には見覚えがあった。
「げっ……野上由香」
 強奪した瓶代で買ったふ菓子を平然とパクつく少女は、正行ご執心の野上由香だった。
「馴れ馴れしく呼び捨てにしないで。私たち初対面でしょ」
 ふんと小さく鼻を鳴らして、由香はわしわしとふ菓子を食べ続ける。
「その初対面の相手から、瓶代むしり取ったのは何処のどいつだ!?」
「これは正当なギャランティ、つまりは報酬よ。見物してたでしょ? 昼休みの練習。スターの演技はタダじゃ見られないのよ」
 三十円で演技する人間をスターとは言わない。
「俺が見てたのはお前じゃない」
 勢い余って本音が出た。
 これがスターのプライドを傷つけない訳もない。
「じゃ、誰を見てたの? まさか高梨先生じゃないでしょうね」
「ぐっ……そ、それは……」
「どっちにしても、あんたの友達は私を見てたわ。その分と思って諦めなさい」
 下級生とは思えない尊大な物言いも、相手が由香であれば不思議としっくりきた。
 だからといって、納得は出来なかったが。
「瓶代はもういい。それより練習は良いのか? 他の部員はみんなリンクにいたぞ」
「気分が乗らないから早退したの。トレーニングは量より質よ。私みたいな天才には、昼休みの調整だけでも充分効果があるわ」
 会話の最中にも、由香は二本のふ菓子を綺麗に片付け、ピンク色した小さな唇をぺろりと舌で舐め上げる。
 その仕種があまりに可愛いかったものだから、直人はすっかり戦意を喪って、仕方なく白旗を掲げた。
「わかったよ。天才は羨ましいな。邪魔して悪かった」
 両手を上げるゼスチャーをかまして、由香のそばを離れようとする。
 そんな直人の鼻先に、最後に残った貴重なふ菓子が突き出された。
「スターはファンサービスを忘れないものよ。遠慮せずにとっときなさい」
 直人の金で買ったのだから、遠慮もくそもないだろう。
 けれど、赤茶色の安いふ菓子を握る、白くて華奢な由香の手はなんだかとてもエッチに見えて……。
「けっ……あ、ありがたく頂戴するぜ」
 ぶっきらぼうに受け取ったふ菓子を、ばりばりと乱暴に噛み千切って飲み下す。
 いつも通りの安っぽい味なのに、まるで由香の手の味がするような気がして、今にも喉が詰まりそうだった。
「ねぇ……なんでいっつも上の方にいるの? もっと近くで見ればいいのに」
 真っ直ぐ前を向いて歩きながら、由香はさも興味なさそうに呟いた。
 いきなり翠と同じことを訊かれ、答えに窮する。
「さ、寒いのはさ……俺、苦手なんだよ。ははは……」
 無論、本当は恥かしいからだった。
「嘘ばっかり。高梨先生の脚に見惚れてるの、近くだとバレちゃうものね。さっきだって客席の階段でいやらしい目をしてた。私、目はすごく良いんだから。リンクから見てたんだから」
「うぐっ……」
 図星を突かれて戸惑う一方、直人は数歩先を弾むように歩く由香の、プリーツスカートから伸びる脚に目がいってしまう。
「もしかしてそれが理由なのか? 練習をサボってまでわざわざ突っかかってきた」
 今度は直人が図星を突いたらしい。
 由香は見る見るふくれっ面になり、腕をぶんぶん振りながら歩調を速める。
(おいおい、ずいぶんと分かりやすい奴だな。こうなったら……)
 無理に追うことはせず、少し離れて歩きながら、取り敢えず誉めてみる。
「お前の脚だって……そう悪くはないと思うぞ」
 口惜しいけれど、正直な感想だ。
 綺麗という意味においては、人生の内で最も綺麗でいられる瞬間の、それは正行の言う通り、お人形みたいに完成された脚だった。
 突然、降って湧いた賞賛の言葉に、由香はぴたりと脚を止める。
「スケベ……でも、あんたから見たら、私はこの間まで中学生だったガキなんでしょ? 私みたいなガキの脚でも欲情するの?」
 振り返りもせずに訊いてくる。
 何となく機嫌が直りそうな予感がした。
「聞こえてたのか?」
「スケートリンクって、音がすごく響くんだもの」
「悪かったよ。そんなつもりで言ったんじゃない。あれはその……ええっと……」
「売り言葉に買い言葉?」
「それだ!」
 直人は由香に歩み寄り、肩を並べた。
 恐る恐る覗き込んだ顔は、直人を許そうか許すまいか、思案しているように見える。
「ふーん……」
 やがて、ひどくつまらなそうに鼻を鳴らしたかと思うと、由香はぼそりと呟いた。
「なら……いいよ」
「何が?」
「少しなら、触らせてあげても」
「はっ?」
 直人の鈍い反応に苛立ち、由香の機嫌はまた悪くなる。
「あんたが触りたいっていうのなら、少しくらい触らせてあげてもいいって言ってるの」
 言葉の意味を理解するのにたっぷり時間を使った挙句、直人の口を突いた返事は、自分でも思いがけないものだった。
「もしかして……高梨先生と張り合ってるつもりなのか?」
「どういう意味よ」
「目の前で先生がジャンプした時、親の敵でも見るような目で見てただろう。現役の自分よりも綺麗に跳ばれたのが癪に障ったからじゃないか? だから、自分より先生に興味を抱いてる俺を、こうしてからかってるんだろう」
 由香の嫉妬の仕方は余りにわかりやすい。
 でも、面と向かってそれを指摘してしまったのは、やはり無神経だった。
「なんですってぇ……」
 怒気を孕んだ囁きと共に、リンクで翠を見たのと同じ目つきになって、由香はものすごい敵意を込めてこちらを睨んでくる。
「あ、いや……いまの発言は無かったことに……」
 直人はようやく自分の失言に気がついたが、時すでに遅し。
「ぐっはあぁーっ!!」
 二重の意味で傷つけられた少女のプライドは、強烈な平手打ちとなって、直人の頬に真っ赤なもみじを咲かせた。



「おい、直人。憧れのマドンナが訪ねて来てるぞ。早く行った方が良いんじゃないか?」
 学食へ買い出しに行っていた正行が帰ってくるなりそう言った。
 戦利品である焼きそばパン四本を両手に持ち、にやにや薄笑いを浮かべている。
「わざわざ教室まで迎えに来るんだから、意味深だよな。後で詳しく報告しろよ」
「うっ……うるせぇって」
 直人は焼きそばパン二つをひったくり、そのまま教室を飛び出した。
「突然、呼び出したりしてごめんなさいね。ちょっと話したいことがあって来たの。今、時間いい?」
 翠の格好はライトグリーンのジャージの上下で、今日はパーカーを羽織っていない。
 当たり前だが、あの際どい黒タイツも拝むことはできず、直人は少しがっかりした。
「ええ、構いません。何かあったんですか?」
 つい先日、知り合ったばかりの自分に、何を相談するつもりなのか見当もつかない。
 しかし、それがどんな用向きであれ、翠が訪ねて来てくれるのは嬉しいことで、根拠の無い期待感に胸がわくわくした。
「ここで立ち話をするのもなんだから……」
 そう言って、翠は人気の無い校舎裏に直人を誘った。
 まだ食事を済ませていない翠に焼きそばパン一本を進呈し、代わりに伊東商店でチェリオを買って貰う。
「あんな所にお店があったなんて知らなかったわ。通用口から遠く離れているから、知ってる生徒も少ないでしょうね」
 二人して片手に焼きそばパンを持ち、直人はチェリオを、翠はドクターペッパーを飲みながら話は始まった。
「それはそうと、憶えてる? この間、リンクの客席で私と話したわよね」
 あれからもう一週間近く経っていた。正行には幾度か誘われたが、調子に乗っていると思われるのが嫌でスケートリンクには足を向けなかった。
 その間は翠にも由香にも会っていない。
「憶えてます。それがどうかしたんですか?」
「あの日の昼休みにリンクで私と練習していた子、一年生の野上由香って子なんだけど、三浦くんはあの子と知り合いなのかしら?」
 由香に食らったビンタの痛みが頬に蘇った。
 どうやら翠の話とは由香に関する物らしい。
 しかし、由香との経緯を話してしまうのはマナーに反するように思え、直人は咄嗟に嘘を吐いた。
「いえ、知り合いでは……。ただ名前と、将来を期待されてる有名なスケート選手ってことだけは知ってますけど」
 憧れの翠に嘘を吐くなど、自分でも信じられない。
 でも、あの時の由香の顔を思い出したら、とても本当のことは言えなかった。
「そう……もしかしたらって思ったんだけど、やっぱり違ったみたいね」
 翠はがっかりしたように溜息を吐くと、ドクターペッパーの瓶に唇をつけた。
 薄く紅を敷いた唇は艶かしく歪み、黒い液体を嚥下しようと純白の喉が優雅に蠢く。
 何気ない一連の仕種も、翠がするとがやたらに色っぽく見えて、直人は一人でどぎまぎしてしまう。
「か、彼女がどうかしたんですか?」
 心を落ちつけようと、一口チェリオを飲んで訊いてみる。
 何だか嫌な予感がした。
「それがね、あの日から練習に来なくなったの。練習熱心な子で、今までは一度だってサボったことなんてないのに……」
 翠の口から出た練習熱心という言葉を、直人は意外に思った。
 自称天才の由香は量より質と言っていた筈だ。
「彼女、天才的なスケーターなんですよね?」
「誰がそう言ったの?」
 訊き返されて、まさか本人が、とは言えず、何かの雑誌で、とかなんとか、適当に答えておく。
「そうね。マスコミやその宣伝を信じている人達はそう思っているみたいね。でも、実際は違うのよ。もちろん才能は並外れているけれど、だからって努力もなしに十六の娘があそこまでいける筈ないでしょう?」
 言われてみれば、その通りだ。
 野上由香の名前は、大会で勝つ度に新聞や週刊誌を賑わせる程のものだった。
 愛くるしいルックスと実力を兼ね備えた由香は、マスコミから見れば格好の被写体らしい。
「昼休みの練習だって、あの子が自分から私に申し込んできたことなの。そんな彼女が無断で一週間も練習を休むなんて考えられないわ。何かあったに決まってる」
 翠はやきそばパンを齧って、またひとつ溜息を吐いた。
「学校には来てるんですか? 来てるなら、直接本人に訊いてみたらどうです」
「それが出来るなら、三浦くんの所へは来ていないわ」
 愚問だった。
「学校には来てるけれど、私はすっかり避けられてるみたい。目を合わせてもくれないの。こんなこと、指導者になってから初めてよ」
 快活な翠らしからぬ、憂鬱な表情に胸が痛む。
 翠にそんな顔をさせる由香に怒りを覚える一方、無神経な言葉で彼女を傷つけてしまった自分にも腹が立った。
「役には立てないと思いますけど、知り合いに彼女のファンがいるから訊いてみます。何かわかるかもしれません」
 言いながら、正行には何の期待もしていなかった。
 訊くなら由香本人に、だ。
 翠を悲しませた理由がもし気紛れだったら、それこそ今度はこちらがビンタしてやる番だった。
「よろしくお願いするわ。些細なことでも構わないから、何かわかったら、私に教えてちょうだい。勿論、タダとは言わないわ。野上由香は私がいま、一番期待している選手なの。彼女を救ってくれたら、どんな御礼でもするつもりよ」
(ど、どんな御礼でも!? そ、それって、もしかして……)
<エッチな回想挿入>
「ま、任せてくださいっ! 必ず俺がどうにかしますから!! もう〜大和や武蔵にでも乗ったつもりで待っててください!!」
「どうやら歴史は弱いみたいね。どちらも沈んでるわよ?」
「じゃ、そういうことで!」
 意味も無く親指を立ててカッコつけ、直人は猛ダッシュする。
 余計な一言で自分の馬鹿さ加減を晒してしまった。
 だが、幸せだった。
 いったいどんな御礼を貰えるのか、胸をときめかせる直人は、美女から依頼を引き受けた私立探偵の気分で、由香の元へと向かった。

「おい、くそがき。なに練習サボってんだよ? 自称天才が聞いて呆れるぜ」
 伊東商店の前で待ち伏せしていると、案の定、由香は下校途中にわざわざ遠回りをしてまで買い食いしにきた。
 駄菓子屋とは、特定の人種にとって常習性のある空間らしい。
「先生から聞いたのね。でも、あんたには関係無いでしょ」
 由香はつんとそっぽを向いて伊東商店に入り、平然と駄菓子を物色し始める。
(くっ……このクソ生意気な牝ガキが……)
 握りこぶしをぷるぷるさせて、思わず怒鳴りそうになる。
(いや、まあ、待て。ここまでは想定の範囲内だ。敵の挑発に乗ってはいけない)
 後を追って店内に入ると、直人はひるまず話しかけた。
「もし、関係無ければ、俺は今頃ここには居ない。この間、俺が言ったことが原因なんだろう? 謝れというなら謝る。だから、練習に戻れ。沢山の人がお前に期待してるんだぞ」
「沢山の人が? ふんっ……高梨先生が、の間違いでしょ? 他の人の事なんか、どうでも良いくせに」
 鋭い洞察力だった。
 中々に手強い。
「いったい、何が気に食わないんだ? 先生はあんなに一生懸命になってくれてる。お前の才能を認めればこそだ」
「じゃあ、あんたは私の何が気に食わないのよ?」
「………………はい?」
 言われて頭が真っ白になる。
 身に憶えのない非難に対しては、答えようが無かった。
「私よりも先生が良いんでしょ? 説得しに来たんだって先生の為で、私の為じゃない。違う?」
 由香はビニールに包みまれた紙箱からラスク三枚を引き抜くと、代金箱として置かれているイカ串の使用済みプラ容器に三十円入れた。
「なぁ、お前がそんなに俺に拘るのは……なんでなんだ?」
 素直な問いを思い切り無視して、由香は店を出ていった。
 直人はプラ容器に五十円ねじ込み、うまい棒五本を掴んで後を追う。
 今日も伊東の婆さんは、最初から最後まで、ずっと寝ていた。
 
「お前の勘違いだって」
 うまい棒を齧りながら、なんとか誤解を解こうとする。
「別にお前のことが気に入らないわけじゃない。ただ、俺は年上が好みってだけだ。そうだ、俺の親友を紹介しよう。正行って奴なんだけど、笑っちゃうくらいお前のファンでさ、それで……」
 言い終える前に、今度は前と反対側の頬にもみじが咲いた。
「悪かった。今のはほんっとうに悪かった」
 まだ手をつけていないうまい棒を三本を差し出して、許しを乞う。
 さすがに別の男を宛がう作戦は不味かった。
「よしっ、こうしよう。無理に練習に出ろとはもう言わない。その代わり、俺にスケートを教えてくれ。どうせ暇だろ?」
「はっ? とつぜんなに言ってんの」
 唐突な申し出に、由香は怪訝な顔をする。
「いや、だからさ。未来のスターに手取り足取り教えて貰えたら、光栄だなぁって、そういうこと。俺、スケートってやったことなくてさ、ぜんぜん滑れないんだ」
「北国育ちのくせして、だっさいの」
「そう、確かにださい。だから、教えてくれ。頼む、この通り」
 結局、最後は拝み倒し作戦になってしまった。
 直人の考え付く策など、所詮、その程度だった,
「はぁ……」
 直人の情けない姿に由香は深い溜息を吐き、それでも供物のうまい棒を三本とも受け取った。
「わかったわ。別に暇ってわけじゃないけど、人に教えるのも、やってみたら面白いかもしれない。ラスク三枚きりで、お腹も空いてることだしね」
「そうこなくっちゃ!」
 調子良く叫んだ直人の頭には、翠から受け取る予定の御礼が既にちらついていた。
 
 電車で隣町まで出た二人は、ホテルの地下にあるスケートリンクへ向かった。
 北国ではアイススケートなど珍しくもない為、リンクはがらがらだった。
「いい? まずはリンクに立つことを考えるの。そうやって手すりにへばり付いてたら、いつまで経っても滑れるようにならないわよ」
 呆れ気味に言われても、そう簡単にいくなら苦労は無い。
 産まれたての子鹿みたいに、直人は内股になった両脚をぶるぶる震わせて手すりにしがみつく。
「私の話、聞いてるの?」
 セーラー服姿にレンタルのスケート靴を履き、由香はミトンの手袋をつけた両手を腰にあてて口をむっとへの字に結ぶ。
「聞いてるよ。聞いてるけど、恐いものは恐いんだ」
「ったく、憧れの殿方も、せっかく知り合ってみたら、とんだ屁垂れだったって訳ね。がっかりだわ」
「憧れの?……」
「こっちの話よ! こうなったら、スパルタ方式でいくしかないわ。ほら、手を貸しなさい。私が引いてあげるから」
 由香は這い這いする赤ん坊にそうするように、両手を差出して促してくる。
 年下の少女に手を引かれるなど、屈辱以外のなにものでもなかったが、氷の上では兎と亀ぐらい差があるのだから仕方ない。
 直人はミトン手袋の小さな手に連れられて、リンクの中央まで引っ張って行かれた。
「さて、この辺りでいいわね。じゃ、行くわよ」
「へっ……何が?」
 由香は返事もしないで手を離し、背後に廻るとゆっくり腰を押してくる。
「うぉわっ!」
 大して勢いがついたわけでもないのに、これまでに経験の無い、氷上を滑る、という感覚に驚いて慌ててしまう。
 両腕をじたばた暴れさせた挙句、直人は豪快に尻餅をついた。
「あははははっ! かっこ悪いの! イケメンが台無し」
 仰向けに寝転がった直人を指差し、由香は腹を抱えて大笑いする。
 今時の女の子が使う、蓮葉な言葉使いにげっそりしながら、けれど直人は逆さまになった由香の姿にしばし見惚れた。
 セーラー服にスケート靴という取り合わせは、これが意外とおつなもので、まして由香のような美少女がマヌカンであれば、尚更だった。
 しかも、本人は気付いていないらしいが、長くはないプリーツスカートの下から、真っ白なパンツが覗けていた。
 考えてみれば、由香の下半身を守る物はそのパンツ一枚きりしかない。
 薄く筋肉の乗った脚はハイソックスを履いているものの、氷の冷気にふとももはほんのり紅潮し、とても寒そうに見えた。
「いい景色だ……たまには転んでみるのも悪くない」
 寝転がったまま、偉そうに腕を組んで何度も頷く。
 由香もようやく気がついたのか、慌ててスカートの端を押えたかと思うと、顔を真っ赤にして叫び散らした。
「最っ低ぇっ! あんたなんか死んじゃえっ!!」
 リンクにへばりつく痴漢を轢き殺さんと、勢いをつけて向かってくる。
「うぉっ! あっぶねぇっ!!」
 直人は大慌てで横に転がり、間一髪のところで難を逃れる。
「もうっ、あんたはそこで寝てなさい! 私は勝手に滑ってくるから!!」
 狙いを外された由香はそのまま加速し、スカートを翻してリンクの外周を飛ぶように駆ける。
 時折、腰をひねって半回転し、肩越しに後方を見ながら優雅にバックワード。
 紅いスカーフが軽やかに旗めき、突き出した尻にはスカートが纏わりついて、小さなヒップの形がよくわかる。
 その下ではピンク色したふとももが繰り返し交差しながら、器用にリンクを蹴っていた。
「すげーっ! マイケルジャクソンのムーンウォークみたいだ!!」
「例えが古いのよっ! オッサンじゃあるまいし!!」
 アナクロな直人にしっかり突っ込みを入れつつ、由香はフォア―ドに戻してジャンプの体勢を整える。
 一週間前、翠に指導された成果を見せてくれるつもりらしい。
「よく見ておきなさい。私のジャンプは天下無双よ」
 自分こそ、およそ女子高生らしからぬ形容を使い、由香はリンクを思い切り蹴った。
「せいっ!!」
 裂帛の気合と共に、一瞬だけ時間は止まり、削れた氷の破片が照明を反射して儚く煌く。
 宙に舞った由香は翠の言いつけ通りリンクに対して垂直を守り、ジャイロコンパスのように微動だにせず急旋回する。
 その数、実に三回転半。
 プロでも難しいジャンプを、セーラー服に貸し靴、更には一週間ぶりのスケーティングという条件であっさり決めてしまった。
「マジかよっ!?」
 直人はリンクに四つん這いになったまま驚嘆する他ない。
 まさか、これほどの腕前とは。
 間抜け面で見つめる直人の目の前に、由香はゆっくりと速度を落として戻ってきた。 久方ぶりのスケーティングに高揚し、目がきらきら輝いている。
 腰に両手を当て、胸を張る由香の顔は自信に満ち溢れていた。
「先生と同じ完成度で、私の方が半回転多く飛んだわ。いい加減、私を認めたらどう?」
 飽くまで翠をライバル視しているらしい。
 アスリートとは、そういう人種なのかもしれない。
「わかった。降参だ。でも、今の先生と較べるのはフェアじゃない。九年前の、お前と同じ十六だった頃の先生と較べるべきだ。それなら、まあ、五分ってとこだろう」
 いちいち一言多いのが直人の悪いところだ。
 でも、由香は上機嫌のままだった。
「五分なら仕方ないかぁ。ほら、掴まりなさい。いつまでもそうしてたら、他の人に迷惑でしょ」
 憎まれ口を叩きながら、それでも由香は手を差し伸べてくれる。
 直人は小さな手にすがって何とか立ち上がると、目の前で上気する由香の顔に呟いた。
「お前さ……やっぱり可愛いな。正行が惚れるのも無理ないよ」
「なっ! ば、ばっかじゃないの!! あんたって、恥かしい奴」
 赤面に顔を背けて、由香はどもり、
「もうっ、行くわよ!」
 そう言ったきり、後はすっかり黙り込んでしまった。
 
 リンクを出ると空は夕焼けに染まっていた。
 駅前を行き交う人々に混じって、二人は歩く。
「いやぁ、思いがけずスケート初体験しちゃったよ。ありがとな」
 ほとんど氷に貼りついていただけなのに、直人は無理にはしゃいで見せた。
 そんな直人の気遣いにも、由香の反応は鈍い。
「なあ、どうしたんだよ? まだ、なんか怒ってるのか?」
「怒ってなんか……いないわよ」
 ぼそりと言って、また黙り込んでしまう。
 まるで処置なしだった。
「よし、わかった。じゃあ、こんなのはどうだ? スケート教えてもらった代わりに、今度は俺が教えてやるよ」
「……いったい何を?」
「俺が教えてやれるスポーツは一つしかない。それは……」
「それは?」
「もちろんセックスだ!」
 親指を立てて爽やかに言った瞬間、またビンタされると思ったし、また、そうして欲しかった。
 元気で生意気な由香に戻って欲しかったのだ。
 実際、由香の右手は高々と振り上げられた。
「なんですってぇっ!?」
 が、しかし、その手が直人の頬に振り下ろされることはなく、そのまま左手と重なり合って、スカーフを巻いた胸元に引っ込められてしまった。
 そして、由香は投げやりに言った。
「なら……教えてよ……セックスの仕方」

 貧乏学生にはホテル代など無い。
 直人は由香を自宅に連れ込んだ。
 一人っ子のため、共働きの両親は夜遅くならないと帰宅しない。
 二人を邪魔する者はいなかった。
「お袋以外でこの部屋に入った女は、お前が初めてだ」
「嘘ばっかり」
 まったく信用がなかった。
 事実、嘘だった。
「私、知ってるんだから。同学年の子、何人かとエッチしたでしょ? その子たち、自慢気に話してたわ。年上が好みなんじゃなかったの?」
(なんてこった! あれほど誰にも話すなと言ったのに!!)
 この手の話を黙っていられないのは、男も女も一緒らしい。
「たまには年下も悪くない。所謂、メインディッシュに対するデザートだな。甘いから食べ過ぎると胃にもたれるんだが、少しならグーって奴だ」
「それは所謂、つまみ食いって奴?」
「そうそう、つまみ食いって……NOォッ! 断じてそれは違うぞ。俺はいつだって真剣だ。ふぅ、危うくお前の口車に乗せられるところだった」
「何が口車よ……」
 由香はうんざりした顔でベッドに腰掛けた。
 毎度のことながら、自分のベッドにセーラー服姿の少女が座っているのは不思議な光景だ。
「あんたが実は女ったらしだって、高梨先生にチクっちゃおっかな?」
 くすりと小悪魔な微笑を浮かべて由香が言った。
「それは困る。先生の前では内気な童貞少年で通してるんだから、是非とも口裏を合わせて欲しい」
 力強く答えてやった。
「なんでそう、普通は言いにくいことをはっきり言うの? 聞いてるこっちが恥かしいわよ」
 頬を引き攣らせ、由香は顔を背けた。
「それは多分……」
「何よ」
「俺の心が少年のようにピュアだからだろうな。うん」
 ただ単に女の子の前では嘘が吐けない体質だった。
 でも、これは結構重要な要素らしい。
 女の子は隠し事や嘘を何よりも嫌う。
 洗いざらい話してしまった方が、警戒心を解く上でも得策だった。
「はぁ……私としたことが、なんでこんなろくでなしに……」
 由香はそう呟いてベッドに倒れ込み、瞼を閉じた。
 黒いツインテールがシーツに散らばり、セーラー服はずり上がって、ピンク色のブラウスが覗ける。
 プリーツスカートから伸びる脚は軽く開かれ、しどけなく捲れた裾から、引き締まったふとももが半分ほども露になっていた。
 安いカーテンは夕陽をろくに遮ることができず、灯りを消した室内はすっかりオレンジ色に染まって、静かな由香の息遣いだけが聞こえてくる。
 逢魔が刻とはきっとこの時分を言うのだろう。
 ベッドに仰向けになった由香の姿がとても愛しくなり、直人は音を発てないように覆い被さると、小さな桜色の唇に黙ってキスをした。
「んんっ!?」
 突然、唇を奪われた由香は驚き、両手で直人を押し退けようとする。
 その手首をまとめて片手で掴み、ベッドに磔にする。
 直人は空いている方の手で、セーラー服の胸元を揉みし抱いた。
「うっ!……」
 びくりと身体を震わせて、唇を塞がれたまま由香が呻く。
 掌に感じるバストは申し訳程度しか膨らんでおらず、十六歳という年齢を加味しても、これまで抱いた少女たちに比べて明らかに小さかった。
「うっ、うっ、うっ……」
 嗚咽するような声に目を開けると、由香が泣いていた。
「おい、おい、おい。勘弁してくれよ」
 慌てて唇を離して直人は呟く。
 ベッドの上で相手に泣かれるのは初めてのことだ。
 由香に言われた通り、本物のろくでなしになった気がした。
「嫌……だったのか?」
 恐る恐る訊くと、由香は即座に首を振った。
「小さい頃からスケートやってたから、余り沢山は食べられなくて、いつもお腹を空かせてた。そのせいかわからないけど、私……ぜんぜん胸が大きくならないのよね。背だってちっさいし」
 涙に濡れた大きな瞳は、じっと天井を見つめている。
 天才スケーターも一皮剥けば年頃の女の子だった。
「その割には伊東屋でしょっちゅう買い食いしてるよな」
「うるっさいわね。昔の分を取り戻してるの!」
「けっ、大体、胸の大小を気にするような玉か? 自信家のお前らしくもない」
「あんたの中で、私はいったいどんなキャラになってるのよ?」
「鼻持ちならない、小生意気な、今どき流行りのツンデレロリータ」
 きっぱり言ってやった。
「ぶっ殺すわよ?」
 ドスを利かせて由香は吼えるが、少し間をおいてから、ぼそりと呟く。
「……更衣室とかで肩身が狭いのよ。他の子達、みんな胸おっきいもの」
「それはよく知ってる」
 確かに最近の十六歳は恐ろしく発育が良い。
 だが、今は口にすべき事ではなかった。
「あんたってもうっ……ほんっとに最低よね。なにも言わずにいきなりキスするし。私……一応初めてだったんだから」
 怒りを通り越して呆れたのか、由香は涙目でクスクス笑い出す。
「あんただって、胸は大きいほうが良いでしょ? 高梨先生、巨乳だもの。先生と較べたら、私のなんて無いも一緒よ」
 自嘲的な物言いにむかっときて、直人は言った。
「そんなこと言う奴はこうしてやる」
 スカーフの胸に顔を埋めて、思い切り頬擦りした。
 小さいなりにふっくらとした感触が頬を撫でる。
 染み入るような体温が心地良く、とくんとくんと可愛らしい鼓動が響いて、耳の奥がなんだかくすぐったかった。
「ちゃんと柔らかいし、暖かい。これで充分だろう。それに、こういう胸が三度の飯より好きな奴もいる」
 正行の顔を思い浮かべてフォローしてみたが、由香はぷいと横を向いて拗ねてしまう。
「それってもしかして、リンクであんたの隣に居た助平そうな男のこと言ってんの? どうせ小学生とか好きな性犯罪者予備軍なんでしょ。余計にへこむわ」
 大きなバッテンが顔面に減り込み、正行はひでぶと叫んで肉片に変わった。
 いつもながら、哀れな奴。
「さすがの俺も小学生は守備範囲外だが、お前の胸は悪くないと思う。だから触らせて貰うぞ」
 セーラー服の裾から片手を滑り込ませ、背中に回してブラのホックを器用に外した。
「さすがと言うだけあって、ずいぶん慣れてるのね」
「いやぁ、それほどでも」
「皮肉よ。誉めてるんじゃないわ。喜ばないで」
「がっかり……」
 わざわざ口に出して言いながら、それでも手はしっかりブラを押し上げる。
 セーラー服を着せたままで直接膨らみに触れてみた。
「あぅっ!」
 びくんっと由香の身体が跳ね上がる。
 掌の中心で、まだ見ぬ小さな乳頭がどんどん硬くしこっていく。
「は、初めてなんだから……あんたの責任は重大よ。い、痛くしたら……ぜったいに許さないんだからっ……」
 そう言って瞼を閉じると、由香は快感をこらえるように唇をぎゅっと噛んだ。
「そいつは難しい注文だな。でも、やってみる」
 掌にすっぽりおさまる小さな膨らみを、大事に大事に揉み解す。
 マシュマロみたいに柔らかいバストは、ほんの少し力を入れただけでも、ふにゃりと歪んでしまう。
 それでいて、十六歳の肌はゼリーのような滑らかさと弾力で指先に吸い付いてきた。
「んくっ!」
 可愛らしい呻きを漏らして、由香はびくびくと身体を震わせる。
 気持ちいいのが怖い、とでもいうように、敏感すぎる肉体は指先の動きにシンクロしてベッドの上をのたうった。
「感度いいな……処女のくせにエッチな奴だ」
「ば、ばかっ! なんてこと言うのよ!!」
「褒められたんだから、素直に喜べ。ほら、こんなのはどうだ?」
 ぷっくりと膨らんだ乳頭をつまんで、軽く転がしてみる。
 グミみたいなこりこりとした弾力が指先に気持ちよかった。
「はっ……あうぅんっ!!」
 敏感な部分をいきなり責められ、堪え切れずに由香が鳴いた。
 それでも近所の人に聞かれるのを恐れたのか、慌てて唇を掌で被う。
「ふぁあぁ……や、やめて……そんなに強くしたら……声が……出ちゃうよぅ……」
 快感に瞳をとろんとさせて、ピンク色の小さな唇が可愛く震えた。
 薄っすら涙を浮かべて訴える由香は、子供に戻ったように幼く見える。
「だったら、声が漏れないように俺が塞いでやる。いいか、キスするぞ」
 返事も待たずに唇を重ねて、ゆっくりと舌を挿入した。
「んくぅっ……」
 唇の隙間からくぐもった呻きを漏らし、由香はきつく瞼を閉じて身を硬くする。
 熱い吐息に頬をくすぐられながら、ぬるりとした由香の口腔を舌先でなぞった。
 ぷちゅ……くちゅ……ちゅく……。
 しんと静まり返った部屋に、卑猥な液音だけが優しく響く。
 ほんのり甘い少女の唾液を飲み下しながら、小さな舌に自分の舌を絡めていく。
「うっ……うぅっ……」
 驚いた由香は一瞬だけ目を見開いたものの、すぐにぎゅっと閉じ直して、素直に舌を差し出してきた。
(いい子だ。普段は生意気だけど、さすがに今は従順だな。もっともっと、気持ちよくなるといい……)
 既に半分めくれ上がっているスカートに手を忍び込ませる。
 快感をこらえる為にしっかり閉じられたふたつのふともも、その合わせ目に中指をあてがい、じらしながら股間をめがけて這い登っていく。
「んっ! んんーっ!!」
 意図を察した由香は慌てて手を抑えようとするが、直人は意に介さない。
 ふとももの付け根にぷっくりと膨らんだ、コットンショーツのクロッチに中指をぴたりと押し当てた。
「ぷはっ……そ、そこは……だ、だめぇ……」
 こらえきれずに唇を離すと、由香は消え入りそうな声で訴え、いやいやと小さく首を振る。
「なにが駄目なんだ? 自分でもわかってるんだろ? ほら、パンツの真ん中のところ、しっかり濡れてきてるぞ」
 もちもちとした感触を楽しみながら肉丘を圧迫すると、クロッチの向こうで薄開きになったスリットから、じゅんと恥ずかしい蜜液が湧き出した。
「あっ! うっ! うぅんっ! そ、そんなことないもん!! ぬ、濡れてなんか……わたし、濡れてなんか……」
 どんなに強がって見せても身体は正直だ。
 さらさらしたコットン生地のど真ん中はじんわり湿り気を帯び始め、調子に乗って上下になぞると、指先にぬるりと粘っこい愛液が絡みついた。
「どうせ、毎晩、自分でいじってるんだろう? こうやってこすって、一人で気持ちよくなってるんだよな?」
「ち、違うわ! そ、そんなこと……絶対してないんだから!! わ、わたし、オナニーなんて……」
 言ってしまってから、由香ははっとして顔を背けた。
「絶対してない割にはオナニーなんて言葉、よく知ってるじゃないか」
「だ、だって……」
「だって?」
「さ、寂しかったんだもん……」
 由香は言葉を搾り出した。
「ずっとひとりだったんだよ。いつも練習ばっかりで、付きまとってくるのは、気持ち悪いマスコミの連中か、有名人と付き合いたいだけの馬鹿ばっかり……」
 真っ直ぐにこちらを見つめる大きな瞳から、真珠色の涙がぽろぽろ零れ落ちる。
「誰も本当の私なんか……好きになってくれないんだ」
 普段の強がりは、無神経な他人に対する、孤独な少女のせめてもの抵抗だった。
「俺は違うぞ」
 力強く答えて、直人は由香を抱き起こす。
 きゃしゃな身体を力いっぱい抱き締めて、耳元で囁いた。
「まだ知り合って間もないし、スケベでどうしようもない男だけど、でも、ちゃんとお前を好きだぞ。今の俺が言っても、信用して貰えるかわからないけど……」
 翠に憧れ、翠の依頼で由香をフォローし始めたのは事実だが、生意気で、乱暴で、口汚くて、寂しがりやで、けれども誰よりも強い、この小さな戦士を好きになり始めているのも本当だった。
「高梨先生よりも好き?」
「うぐっ……そ、それは……」
 心のもっとも痛いところを突かれて口篭る。
「冗談よ……あんたが調子に乗って、いやらしい苛め方するから、仕返ししてやっただけ。あんまり気にしてインポにならないでよね」
 花も恥らう十六歳とは思えない発言をする奴だ。
 由香は泣き顔のままにっこり微笑んで小さく舌を出した。
「こ・の・や・ろ・う……」
「きゃっ! な、なにするのよ!?」
「お前みたいにマセた奴はこうしてやる!」
 由香の背後に回り、腰を掴んで持ち上げると小ぶりなヒップを抱きかかえた。
 そのままベッドに寝転がり、スカートの中に頭を突っ込んで、コットンショーツの股間に顔を埋める。
「う、嘘っ!? やだっ! どこに頭を入れてるのよ!?」
「ぐへへへっ……処女の小股は蒸れてイイ匂いがするぜぇ……たまんねぇなぁ……」
 スカートの中には湿った熱い空気がむっと立ち込めていた。
 蒸れ切った秘唇から醸し出される、甘酸っぱい乙女の恥匂を胸いっぱいに嗅ぎながら、わざとチンピラ口調で言ってみる。
「こ、このケダモノ! あんたはやっぱりサイテーよ!! あんたなんて……あっ……なっ……どこを舐めて……はっ……はううぅんっ!!」
 か細い腰をくねくねとくねらせ、由香は恥ずかしそうにいなないた。
 直人はぐっしょり濡れたクロッチを脇に寄せる。
 目の前にはくぱぁっと口を開いた由香のオマンコがあった。
 さんざん弄繰り回されたせいですっかり充血し、ふやけて透明な淫蜜をだらだらと垂れ流している。
 直人は直接、割れ目を舐め上げてみた。
「ひゃあああぁっ!! そ、そんなところ……い、いやっ、勝手にわたしの中に入ってこないでぇっ!!」
 聞く耳も持たず、尖らせた舌を由香の中心に捻じ込んでいく。
 火傷しそうに熱い肉ひだが幾重にも生え揃った胎内に、舌はあっさり呑み込まれてしまう。
「そ、そんな奥まで……わ、わたし……お腹の中を舐められてるの!?」
 直人の股間に突っ伏して、由香はぶるぶるとヒップを震わせる。
 ズボンの奥で痛いほどに勃起したペニスを、由香の頬に擦りつけてやった。
「く、くぅっ……なにこれ!? すっごく硬い……」
「自分ばかり気持ちよくなってないで、俺のもお願いできないか?」
「お願いって……まさか、この硬いのをわたしに舐めろっていうの?」
 由香は恐る恐るジッパーを下ろし、トランクスの中からソレを引っ張り出した。
「ぐ、グロい……」
「お前が言うな! お前のだって同じようなモンだろう!?」
「こんなエイリアンの子供みたいなのといっしょにしないで! さては、わたしの内臓を食い破るつもりなのね!?」
「え、エイリアン……良いだろう、お望み通り、食い破ってやる!」
 直人はやおら起き上がり、背後から由香に圧し掛かった。
「ま、待って! 初めてが後ろからなんて……」
「問答無用ッ!!」
 クロッチの脇から反り返る剛直を捻じ込み、先っぽを割れ目にあてがうと、そのまま勢いよく腰を突き出した。
 ぐちゅっ!!
「はぅんっ!」
 濡れた膣肉の粘りつくような感触と共に、ペニスは最奥まで由香の胎内に埋まった。
「は、入ってる……いちばん奥まで届いて……」
「痛いか?」
「くっ……少しだけ。でも……あううぅっ、こ、これ……もしかしたら、すごく気持ちいい……かも」
 由香の中がきゅんと締り、膨らみ切った亀頭が無数の肉ひだにもみくちゃにされる。
 ぴりぴりと痺れるような快感が股間を貫いて、目の前に火花が散った。
「うわっ……おまえの中、すごいぞ。さすがスポーツ選手だ。き、きつい……このままじゃすぐに……」
 込み上げる射精感に、直人は慌てて腰を前後に突き動かす。
「あっ、あああああああっ!! す、すごいっ! 気ん持ちひいぃんっ!!」
 恍惚の悲鳴をあげて、由香は顎を突き上げる。
 瞳は虚ろに蕩け、唇の端からは透明な唾液がだらだらと垂れ流された。
 パンッ! パンッ! パンッ!
 ひと突きごとに、下腹とヒップのぶつかり合う乾いた音が鳴り響き、ペニスの先にこりこりとした肉の壁を感じた。
 身体の小さな由香はその奥行きも浅く、根元まで収まり切らない内に、やすやすと膣奥に突き当たってしまう。
「うぐっ! ひぐぅっ! はぐぅっ!!」
 肉体の奥底をガンガン突き上げられ、由香は断末魔の呻きを漏らす。
 ツインテールが綺麗な曲線を描いて宙を舞い、乱れたセーラー服の裾から、反り返る白い背筋が覗けて見えた。
「も、もうっ……限界だ!」
「お、おねがいよ! さ、最後は……最後は顔を見ながらにしてっ!!」
 もっともなリクエストに答えるべく、いったん由香の胎内から剛直を引き抜く。
 腰を掴んですばやく一回転。
 仰向けに寝かせた由香のど真ん中に、肉の槍を突き立てた。
 ずぶりゅっ!!
「くひいいいいぃっ!!」
 セーラー服姿の由香を串刺しにしながら、忙しなく腰を蠢かしてラストスパートに入っていく。
「あんっ! あんっ! あんっ! す、好き……だよ!! わたし……わたし……」
 切ないあえぎ声の合間から、真っ直ぐな想いが伝わってくる。
 胸にずきりと痛みを覚えて、返事の代わりに込み上げてくる迸りをぶちまけた。
「だ、出すぞっ!!」
「あ、熱いぃっ!! お腹の中に熱いのが出てるっ!!」
「うっ! うううっ!!」
 頭の中が真っ白になり、何度も何度も由香の中に射精を繰り返す。
 やがて、腹の下で由香の身体がビクンッ、ビクンッと激しく痙攣を始めた。
「い、イクッ! イクッ!! イクッ!! わたしも……い、イクーッ!!!」
 ひときわ甲高い叫びをあげた由香は、シーツを硬く握り締めたまま限界まで胸を突き上げる。
 その極点でひくひくと小刻みに震えたかと思うと、
「うっ……うっ……うぅん……」
 最後は蕩けるような呻きを残し、ぐったりとベッドに沈んで動かなくなった。

「これで私の方が一歩リードだよね」
 乱れたセーラー服を直しながら由香が言った。
「高梨先生とはまだ何も無いんでしょう?」
「今はまだ……な。でも、お前を練習に復帰させられたら、何でもご褒美をくれるっていう約束だからな。俺の野望が達成される日はもうすぐだ」
「じゃあ、私が練習に復帰しなければ?」
 由香は意地悪な笑顔で訊いてくる。
「ちょ……そ、それは……」
「嘘よ。私だってフィギュアを辞めるつもりはないもの。それに、もしかしたら一歩リードどころじゃないかもしれないしね。さっき膣内で射精したでしょう? 私、今日はちょっと危ない日なのよねぇ……」
 悪戯猫の顔で由香はニンマリ微笑んだ。
「う……嘘……だよな。まさか……」
「フフフッ、さぁて、どうかしらね。私は出来るなら女の子が良いな。早いうちにフィギュアを始めさせて、親子でオリンピックを目指すのよ」
 本気かどうか確かめるより先に、由香は部屋を出て行った。
「これからよろしくね。せ・ん・ぱ・い!」<了>

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