叔母は女医

戻る


第一章



「ただいま……」
 美沙子の疲れた声を雅彦はキッチンで聞いた。
 時計の針は夜九時をまわり、夕飯を一緒に食べようと美沙子の帰りを待っていた雅彦が待ち切れずに食事を終えたところだった。
 テーブルの上には美沙子の分の食事も用意してあったが、既にすっかり冷めており、何より「職場の付き合い」で帰宅の遅れた美沙子が外で食事を済ませて来た事は雅彦にもよくわかっていた。
 小さく溜め息を吐いて立ち上がる雅彦。
 しかし、雅彦がほんの少しだけ感じた落胆はリビングで美沙子の顔を見た瞬間、いつも通り消え失せた。
「お帰りなさい」
 雅彦は精一杯の笑顔で美沙子を迎える。
「ただいま……。ごめんね。職場の会合があって、食事、外で済ませて来ちゃったの」
 美沙子は微笑を湛え、申し訳なさそうに答えた。
 艶やかな漆黒のワンレングスに包まれた白い顔には微かに疲れが滲み、薄く口紅を引いた唇からは溜め息が漏れる。
 それでも雅彦は目の前に立つ、今年で三十四になる叔母を心の底から美しいと思った。
「いいよ。僕も今食べ終えたところだし、料理はラップをかけて冷蔵庫に入れておくから」
「私を待っててくれたのね。本当にごめんなさい。でも、先に食べてても良かったのよ?」
「わかってる。でも、出来れば一緒にって思ったから……」
 それは雅彦の本心であり、何気ない一言だった。
 しかし、現在独身であり、これまでもずっと一人で生きてきた美沙子の胸に波紋を起こす充分な温かみを持っていた。
 キッチンに戻ろうとする雅彦の肩を美沙子の両手がそっと掴んで引き寄せる。雅彦は少しだけバランスを崩して美沙子の胸に寄り掛かった。
 驚く雅彦の耳元で美沙子が囁く。
「次からは例え院長に誘われても蹴っ飛ばして帰ってくるから……ね」
 背中に触れる胸の感触と耳に吹き付けられる美沙子の熱い吐息に雅彦の身体は一瞬、ビクッと震えた。
 雅彦を子供と思っているのか、美沙子はこの手の謝り方を平気でする。
 動揺を隠す為に深呼吸する雅彦は美沙子の身体から溢れ出す、香水交じりの甘い体臭を胸一杯に吸い込んで美沙子に答えた。
「そんな事したらクビになっちゃうよ。僕は後二年はこの家から学校に通わなくちゃならないんだから、美沙子さんには頑張ってもらわなきゃ」
「フフフッ、そうね。雅彦君の為にも私、頑張るわ。だから、今日の事、許して貰えるかしら?」
 背後から雅彦の顔を覗き込む美沙子。その余りに無邪気な表情に、雅彦は自分以外の男にも同様の話し方をしているのではないかと少しだけ心配になった。
「許すも何も、最初から怒ってなんかいないよ」
「本当に?」
「本当に」
「じゃあ……」
 と、美沙子は言葉を切って、雅彦の両肩を揉んだ。美沙子の細くて長い指が、よれたTシャツから剥き出た雅彦の首筋に巻き付き、筋肉を揉み解して行く。予想外の感触に雅彦は思わず身を震わせた。
「久しぶりにお願いできるかしら?」
「え、う、うん。いいよ。じゃあ、料理を冷蔵庫に入れてくるから、その間に準備しておいて」
「わかったわ」
 美沙子から解放された雅彦は背後から聞こえる、美沙子がスーツを脱ぐ音に後ろ髪を引かれながらキッチンへと移動した。
 この年の春、実家から遠い私立高校に入学した雅彦は叔母である美沙子の家に下宿する事になった。これは一見すると極自然の成り行きに見えるが、実はそうではない。
 雅彦が初めて美沙子に会ったのは十歳の時。パパにそっくりね、と美沙子に頭を撫でられた瞬間、雅彦は生まれて初めて恋をした。
 それから六年。雅彦は一度も美沙子に会う機会に恵まれなかったが、初めて会った日の想いは決して忘れなかった。現在通う私立高校が美沙子の家のすぐ近くであるのは偶然ではない。
 雅彦は初め、一人暮らしを満喫している美沙子に下宿を拒否されるのではないかと心配していたが、美沙子は二つ返事で雅彦を迎え入れてくれた。この温かい美沙子の配慮に感謝し、雅彦は病院務めの医師として多忙な毎日を送る美沙子に代わって、全ての家事を引き受ける事にした。
 冷めた料理にラップをかけて冷蔵庫にしまう雅彦の頭の中は数分後に始まるイベントへの期待感で既に一杯だった。
 文字通り肩の凝る仕事をしている美沙子は本当に疲れている時だけ、雅彦にマッサージを頼む。これは雅彦にとっては憧れの美沙子の身体に正々堂々と触れられる奇跡のようなイベントだった。
 前回のチャンスは雅彦が美沙子の家に引っ越した直後に訪れた。
 生まれて初めて触れる女性の肉体にこの上ない興奮を味わった雅彦だったが、数年振りに会った美沙子に対する遠慮と緊張が興奮を上まってしまい、女体を楽しむどころではなかった。
 それから数ヶ月の月日が経ち、すっかり美沙子と打ち解けた現在、雅彦の胸に眠る淫らな欲望と美沙子への想いは否が応にも高まるのだった。
(やった。また美沙子さんの身体に触れるんだ。今度はたっぷりと味あわなきゃ) 期待に胸を膨らませた雅彦がリビングに戻ると、スーツを脱ぎ、ソフトブルーのワイシャツ姿になった美沙子がソファにうつ伏せになっていた。
 全身を脱力させた美沙子はうたた寝している様子で、静かな寝息を立てている。
(起きてる時の美沙子さんはすごく綺麗だけど、眠ってる時は可愛いって感じだな)
 あどけない美沙子の寝顔をうっとりと見詰る雅彦の頭にはいつもの疑問が浮かび上がった。
(美沙子さんはどうして結婚しないんだろう?)
 もちろん、雅彦にとって、美沙子が今尚独身であるのは極めて好都合であり、それ故に、美沙子の家に下宿し、美沙子と二人っきりで生活するという理想的なシチュエーションが実現した訳だが、美沙子の持つ器量及びステータスを考えると、雅彦は不思議で仕方がなかった。
 そして、この疑問は雅彦だけの物ではなく、美沙子の勤める病院の上司、同僚、部下、果ては病院に出入りしている薬品業者に至るまで、美沙子に関わる全ての男達が同じ疑問を抱いていた。
 これまでにもそういった誘いが無かった訳では決してない。それこそ数え切れないほどの男達が美沙子に誘いをかけてきたし、現在も日に一度は必ず誰かに誘われる。その中には大病院の跡取りなど、美沙子と充分釣り合いが取れる男もいたが、美沙子は一度たりとも誘いを受け入れなかった。
「まあ、僕としては現在の幸せな状況が一日でも長く続く事を祈るばかりだけど……」
 一人呟いて、不思議な疑問を肯定した雅彦は寝息に揺れる美沙子の肩を優しく揺すって起こした。
「ふぁ……ごめんなさい。寝ちゃったわね」
「どうする? マッサージ」
 取り敢えず、雅彦は訊いてみた。マッサージしたいのは山々だったが、疲れてる美沙子を早く休ませて上げたいとも思った。
「もちろんお願いするわ」
「じゃあ、失礼して……」
「遠慮無くどうぞ」
 美沙子に許可された雅彦は体重をかけない様にゆっくりと美沙子の腰に跨った。
 妖艶な曲線を描く美沙子の腰は驚くほど細く、ショートパンツから伸びる雅彦の内腿がワイシャツ越しに、美沙子の腰のくびれにぴったりと密着する。じんわり伝わる美沙子の体温に雅彦の胸は熱くなった。
 夏向きの薄いワイシャツから透けて見える、ブラジャーのバンドに目を綻ばせながら、雅彦は汗ばんだ美沙子の体臭をたっぷり楽しんだ。
「じゃあ、首からお願いね」
 美沙子はそう言うと、緩やかにウェーブのかかった髪を掻き上げた。
 露になったか細いうなじは透き通るように白く、産毛すら見えないほど滑らかだった。
 感動的とも言えるその光景に思わず雅彦の喉が鳴る。
(綺麗だ……本当に……綺麗だ……)
 心の中で何度も感嘆の言葉を繰り返す雅彦は口付けたいという想いを必死で堪えて、美沙子のうなじに指を這わせた。
 美沙子の純白の柔肌は雅彦の想像を遥かに超える弾力で指先に吸い付いてくる。親指、人差し指、そして中指。三本の指を駆使して雅彦は美沙子のうなじから首筋を丹念に揉み解して行く。
「んっ……あぁ……」
 強ばった筋肉に心地よい痛みが走り、美沙子の唇から切ない溜め息が漏れた。その艶めかしい吐息は指先から伝わる美沙子の温もりと相俟って、雅彦の感覚を穏やかに刺激した。トランクスの中で雅彦のペニスがゆっくりと力を貯えて行く。
「い、痛かったら、すぐに言って」
 勃起を美沙子に悟られない様、少し腰を浮かせながら雅彦は言った。
「ええ、わかったわ。でも、多分その必要は無いわね。すごく気持ち良いもの。雅彦君、とっても上手よ」
 溜め息交じりの甘い声で誉められ、嬉しくなった雅彦は美沙子の首から肩、そして背中へと手を移動させながら美沙子の肉体に指先を埋め込んで行く。その度に美沙子は微かな喘ぎを漏らし、全身をピクッピクッと小刻みに震わせた。
 自分の指に健気に反応する美沙子の姿に雅彦の興奮は高まり、指先が美沙子の腰を捉える頃には雅彦のペニスは完全に勃起し、トランクスはおろかショートパンツまでを押し上げ、天井を向いていた。
 幸い美沙子はうつ伏せであり、激しく張った股間を見られる心配はなかったが、羞恥にも似た感情に雅彦の胸は高鳴った。
 雅彦は細くくびれた美沙子の腰を摩りながら背骨の左右に親指を埋め込む。
 くぐもった美沙子の呻きを聞きながら雅彦は背後から美沙子を犯す自分の姿を妄想した。
 折れそうな腰を両手でがっしりと掴み、重量感たっぷりの美沙子の桃尻に思い切りペニスを突き入れる。そんな刺激的な光景にうっとりする雅彦の目には美沙子の尻を包み込むスカートもショーツも透き通り、柔らかな肉の谷間、その奥底に眠る未知の領域。まだ見ぬ女の肉洞がはっきりと見えていた。
 微かに浮いた雅彦の腰は緩やかに楕円を描いて回転し、トランクスに擦り付けられたペニスの先端から痺れるような快感が流れ込む。雅彦は腰の辺りが急速に熱くなって行くの感じた。
 ぷっくりと膨らんだ肉鈴の割れ目から透明な樹液が漏れ出し、トランクスに染みを作る。
 快感が引き起こす軽い目眩の中、雅彦は自分の指が美沙子の腰から尻へと流れるのを寸での所で堪えた。
 むっちりと膨らんだ肉桃の誘惑を振り払って、雅彦の指はパンティーストッキングに包まれた二本の太ももに着地する。
 しかし、この時、雅彦は前回のマッサージが腰で終わっていた事を興奮の余り、完全に忘れていた。



 雅彦の指が太ももに触れた瞬間、美沙子は胸の中であっと叫んでいた。
 雅彦に背中や腰を触られるのは平気な美沙子も下半身となると話は別だった。
(ま、雅彦君っ。そ、そこより下は……)
 激しい羞恥に身体が熱くなって行くのを感じながらも美沙子は声が出せなかった。
 雅彦がどういうつもりで太ももに手を伸ばしたのかはわからなかったが、下手な咎め方をすれば雅彦を傷つけてしまう。そして、何より雅彦の指は肌触りでもわかるほど一生懸命に美沙子の太ももをマッサージしていた。
(そうね……学校や家事で疲れてるのにこんなに一生懸命マッサージして、こんなに気持ち良くしてくれるんだものね。文句を言ったら罰が当たるわね)
 心の中で優しく呟くと美沙子は下半身から力を抜いた。
 既に美沙子の上半身の筋肉は雅彦に揉み解されて脱力し、雅彦の指から与えられた心地よい刺激に美沙子は微かにショーツを濡らしていた。
 心身ともにリラックスした美沙子は雅彦の指に身を委ねた。
 そんな美沙子の胸中など知らず、雅彦は夢中で美沙子の太もも、そして、ふくらはぎをマッサージしていく。
 極薄の黒いパンティーストッキングから透けて見える美沙子の美脚は艶やかな光沢に包まれており、地肌に直接触れているのとほとんど代わりの無い手触りは筆舌に尽くし難いものだった。
 恍惚の時間に酔う雅彦は美沙子の肉体にいつまでも触れていたいと思ったが、指先が美沙子の足の裏まで到達すると仕方なくマッサージを終えた。
「終わったよ、美沙子さん。どうだった?」
 うつ伏せのままマッサージの余韻に浸る美沙子の身体を名残り惜しそうに見詰めながら雅彦が訊く。
「良かったわぁ。全身の骨がぐにゃぐにゃになった感じよ」
 そう言って身体を起こそうとする美沙子だったが、下半身が脱力して崩れてしまう。慌てて抱き留める雅彦。
「だ、だいじょうぶ?」
「え、ええ、大丈夫よ。雅彦君のマッサージが気持ち良すぎて、腰が抜けちゃったみたい」
 照れ笑いする美沙子は雅彦の手を借りて立ち上がると、組んだ両手を頭上に掲げて「んっ」と伸びをした。
「ありがとう雅彦君。すっかり身体が軽くなったわ。またお願いね」
 軽くウィンクして見せる美沙子の頬は心なしか朱に染まっていた。
「う、うん。いつでも言ってよ。僕、頑張るから」
「ええ、そうさせてもらうわ。それはそうとお風呂、先に入らせてもらって良いのかしら?」
「うん。もう沸いてる筈だからお先にどうぞ」
「何から何まで悪いわね。じゃあお先に」
 少々危なっかしい足取りでリビングを出て行く美沙子の背中を雅彦は呆然と見送る。指先にはつい先ほどまで触れていた美沙子の感触がはっきりと残っていた。



 使った食器を全て洗い、乾燥棚に放り込むと雅彦は歯を磨く為に洗面所へと向かった。
 洗面所は脱衣所も兼ねており、美沙子の浴びるシャワーの水音がガラス戸一枚隔てた浴室から聞こえてくる。
 雅彦は歯磨き粉をいつもより少し大目に歯ブラシに乗せるとゆっくり歯を磨き始めた。
 浴室と脱衣所を仕切る曇りガラスには美沙子の姿がぼんやりと写り、緩やかに蠢く。雅彦は歯を磨きながら横目でガラス越しに美沙子を見詰めていた。ガラス一枚隔てた向こう側に裸の美沙子がいる。そう思うだけで雅彦はむず痒いような感覚に包まれる。
 一度で良いから美沙子の裸を見てみたい。いつも雅彦はそう思っていた。しかし、一方では、目の前のガラス戸を開けて美沙子の裸を拝む機会など永遠にやっては来ないだろうという諦めも感じていた。憧れていた美沙子との同居がようやく実現したのだ。これ以上望むのは余りに贅沢だった。
 全て思い通りとは行かない現実に落胆し、歯ブラシを口に入れたまま溜め息を吐く雅彦。
 その瞬間、洗濯機の上に置かれた脱衣籠が雅彦の目に飛び込んでくる。
 美沙子のマッサージを終え、ゆっくりと消えかかっていた欲望の炎が雅彦の中でじわじわと燃え広がり、胸を焼いた。
 脱衣籠の中にはつい先ほどまで美沙子が身に着けていた下着達が無造作に放り込まれていた。
 ブラジャーにショーツにパンティーストッキング。美沙子の肌に直接触れていた魅惑の柔布達に雅彦の胸は躍った。
(美沙子さんの……下着……)
 あくまで歯ブラシを続けながら、脱衣籠の中にゆっくりと手を伸ばす雅彦。
 普段は鋭利なスーツに隠されて見れないものを見ている。その思いが雅彦を激しく興奮させた。
 しかし、不思議と罪悪感は無かった。指先がショーツの柔らかい布地に触れた瞬間、雅彦の全身に微かな電流が走る。
 つるつるしたシルクの肌触りに感動を覚える雅彦。
 洗面台の鏡に映る雅彦の顔は穏やかな微笑を浮かべ、この上ない幸福感に満ちていた。
「雅彦君っ!」
 突然、背後から美沙子に呼びかけられ、驚いた雅彦は口内に溜まった唾液と歯磨き粉を一気に飲み込んでしまう。
 咽て激しく咳き込む雅彦だったが、そんな事は気にしていられない。慌てて美沙子のショーツから手を離すと雅彦は振り向いた。
 しかし、雅彦が瞬時に思い浮かべた、眉を吊り上げた美沙子の姿はそこには無かった。
「雅彦君っ。そこにいるんでしょ。悪いんだけど洗面台の下からボディーソープの予備を出してもらえない? 無くなっちゃったのよ」
 浴室の音の反射を考慮した少し大き目の声で叫ぶ美沙子に雅彦は胸を撫で下ろす。
「う、うんっ、わかった。すぐに出すよっ」
 胸の動揺を押さえて答えると雅彦は急いで口を濯ぎ、洗面台の下から美沙子愛用のボディーソープを引っ張り出す。その球状の樹脂製容器は美沙子の身体と同じ匂いがした。
 雅彦はボディーソープ片手にガラス戸をノックした。
 曇りガラスの中を揺らめく美沙子のシルエットが近づき、ガラス戸が微かに開かれる。湯気と共に良い匂いのする暖かい空気が溢れ出し、髪を濡らした美沙子の顔が現れた。
 ほんのり頬を赤くした美沙子の表情に雅彦はドキッとする。
「ありがとう雅彦君。悪いわね」
 そう言って雅彦の手からボディーソープを受け取る美沙子。
 戸の隙間からは美沙子の肩から胸にかけての際どい光景が覗く。白い柔肌の表面できらめく無数の水滴が雅彦の目には眩しかった。
「いいよ。風邪、引かないようにね」
 雅彦は視線を悟られない様、意識して美沙子の目を見詰めながら答えるとガラス戸を閉めようとする。そして、ガラス戸が完全に閉まる寸前、ゆっくりと身を翻した美沙子の後ろ姿を雅彦は目の当たりにした。
 美しい反りを見せる白い背中の中心を背骨の窪みが真っ直ぐに通り、きゅっと引き絞られた腰を貫いて、二つの肉丘が形作る深い割れ目へと吸い込まれて行く。
 微かに開かれた内ももの間には恥丘から垂れ下がる濡れた尻尾が漆黒の逆三角形を作り、その先端から透明な水滴をぽたぽたと滴らせていた。
 ほんの一瞬ではあったが、極めて鮮烈なその光景は雅彦の脳裏に確実に刻み込まれた。
 ふらふらとリビングに戻った雅彦はソファに寝転がり、まぶたに焼き付けた美沙子の裸体を反芻する。
 あんなチャンスはもう二度とないだろう。
 そんな感慨に雅彦が耽っていると、入浴を終えた美沙子が胸にバスタオルを巻いただけの姿でリビングに入って来た。
 美沙子と一緒にボディーソープとシャンプーが交じり合った甘い匂いがリビングに流れ込み、雅彦の鼻孔をくすぐった。
「ふーっ、良い湯だったわ。今日は暑くて一杯汗をかいたから本当にすっきりしたわ」
 美沙子はそのまま雅彦の前を横切ってキッチンに消えるとミネラルウォーターの缶を片手に戻ってきた。
 ソファから身を起こした雅彦の目の前でプルタブを引くと美沙子は缶に唇を着ける。微かに上下する白い喉が雅彦の目には妙に艶めかしく写った。
 美沙子は胸元でバスタオルを押さえていたが、引き上げられた肘からは汗ばんだ脇の下がはっきりと覗けた。美沙子の脇の下は無毛で、そのつるつるの肌に雅彦は黒いほくろを一つ発見した。美沙子の秘密を盗み見たような気になり、雅彦は気恥ずかしさを感じた。
「そんな格好で飲むとお腹壊しちゃうよ」
 雅彦は美沙子の奔放さに赤面する自分を隠すように軽口を叩く。
 美沙子はそんな雅彦の言葉に微笑むと紅色の唇を缶から離し、冷たい液体を飲み下した後の官能的な溜め息を吐いた。
「フフフッ。高校生の雅彦君に注意されるようじゃ医師失格ね。でも、大人ってお風呂上がりのこの一杯の為に生きてるようなものなのよ。雅彦君も大人になったらわかると思うわ」
「なんかオヤジ臭いセリフだね」
「あ、それはちょっとショックね。でも、まあ私も今年で三十四歳。雅彦君から見ればもう立派なオバサンか……」
 ほんの少しだけ悲し気な表情をする美沙子に雅彦は焦った。
「そ、そんな事ないよっ。まだ、全然オバサンって感じじゃないよっ。美沙子さんすごく綺麗だし……」
 自分の他愛の無い一言に過敏に反応する雅彦の姿が美沙子には微笑ましかった。
「フフフッ、ありがとう。雅彦君にそう言ってもらえると自信が持てるわ。じゃあ私は美容の為にもうこのまま寝ちゃうから雅彦君も早くお風呂に入って寝て頂戴ね。あと、これ、もし良かったら飲んじゃって。冷え過ぎてて、雅彦君の言う通り、お腹壊しちゃいそう」
 中身が半分以上残った缶を雅彦に手渡し、美沙子は優雅に歩み去る。
 後ろ姿、そのたおやかな腰の動きは無意識のものであろうが、雅彦の目を釘付けにするには充分だった。
 揺れる美沙子の尻を見送った雅彦は自分の失言が大事に至らなかった事に安堵しつつ、手に残された缶を見詰める。
 缶の蓋には細かい水滴が付着していたが、美沙子が唇を当てた部分だけ水滴が拭われており、唇の跡がくっきりと残っていた。
 息を呑む雅彦。
 十六にもなって間接キス程度で動揺する自分に疑問も感じたが、相手は他の誰でも無い美沙子である。正直、胸がときめかない訳が無かった。
 冷たい缶を両手で包み込んだ雅彦は美沙子の唇に口付けるようにそっと缶に唇を押し当てた。
 精神的な快感とでも言うのだろうか。脳が痺れるような得体の知れない感覚に雅彦は恍惚とした。
 少し遅れて、美沙子の言う、冷え過ぎたミネラルウォーターが雅彦の喉に流れ込み、食道から胃にかけての粘膜を凍えさせた。その痛みにも似た刺激に覚醒した訳でも無かろうが、雅彦の脳裏にとあるシーンが閃いた。
 缶の中身を飲み干した雅彦は深い溜め息の後、音を発てて缶をテーブルに置き、脱衣所へと向かう。
 その足取りは何故か浮き足立っている。それもその筈。美沙子のヌードを垣間見たせいですっかり忘れていたが、脱衣籠には美沙子の下着がそのまま残されている筈だった。
 それを思い出した雅彦は速まる鼓動を押さえて脱衣所へと急いだ。そして、雅彦の期待通り、脱衣籠の美沙子の下着は先ほど雅彦が触れていた時と同じ状態で雅彦を迎えてくれた。



 雅彦は脱衣所のドアを一瞥し、美沙子の気配を確認すると脱衣籠から美沙子の下着をそっと抜き出した。
 医師という職業柄、かなりの高収入を得ている美沙子だったが、その暮らし振りは意外に質素だった。
 控えめな性格から派手な服装も好まず、質の良い物を必要なだけという考えが行き届いていた。
 但し、下着だけは別だった。
 直接肌に身に着ける物であるせいか、美沙子は下着に相当なこだわりを持っており、所有する物のほとんどがオーダーメイドの外国製品で種類もかなりの数を揃えていた。
 本命のショーツを後回しにして雅彦が手に取ったブラジャーも豪華なレースの施された高級品だった。オーダーメイドの為、美沙子の乳房に完璧に密着するブラジャーのカップは正確なサイズこそわからなかったが、美沙子の乳房の豊満さを充分に主張していた。
 型は乳房を完全に被うフルカップタイプで色は雅彦の最も好きなベージュ。
 雅彦はこの色が美沙子には一番似合うと勝手に決めていた。
 ブラジャーの外側、見ているだけで顔が綻んでしまうような精緻で淫靡なレースの感触を指先で存分に楽しんだ雅彦はブラジャーを裏返し、カップの裏側、美沙子の乳房の先端が触れる部分に恐る恐る鼻を押し当てる。
(美沙子さんの……おっぱいの匂い……)
 ブラジャーの柔らかい裏地からは淡い香水の混じった美沙子の体臭が滲み出てくる。
 風呂上がりの美沙子の言葉を裏付けるように布地は汗でじっとりと湿り、美沙子の甘い匂いの中に微かな酸味を加えていた。
(女の人の汗ってこんな良い匂いなのか。男とは大違いだ)
 顔の大部分を被うカップを貪る雅彦は美沙子の汗が染み込んだ裏布に舌を這わせる。
 味という味がする訳では無かったが、舌先に感じる柔布の感触に雅彦は美沙子の乳房をしゃぶっているような気持ちになり、激しく興奮した。
 雅彦のペニスは既に硬く勃起し、再びトランクスを濡らし始めていた。
 ブラジャーを堪能した雅彦は次にパンティーストッキングに手を伸ばす。
 美沙子のストッキングはナイロン製ではなく、百パーセントのシルクだった。価格も高価であり、実質的な面ではナイロン製の方が何かと便利なのだが、美沙子はシルクの肌触りが好きで天然素材のストッキングを愛用していた。
 一方、雅彦にとっては材質など何であっても構わなかった。美沙子が身に着けている物であれば何でも良かったのだ。
 両手で触れる黒いストッキングが美沙子の太ももを包み込んでいる様を想像すると雅彦の背筋はぞくぞくした。
 雅彦はストッキングに手を差し込んで裏返すとちょうど美沙子の股間が触れていたであろう部分の匂いを嗅いだ。肌に直接触れていた訳では無いので、匂いはそれほど強くはなかったが、ほんのり香る美沙子の匂いに雅彦は確実に欲情して行く。
(もっと、もっと美沙子さんの匂いが嗅ぎたいっ。美沙子さん自身の本当の匂いが……)
 雅彦はブラジャーとパンティーストッキングを脱衣籠に戻すと着ていた衣服を全て脱ぎ、脱衣籠に放り込む。そして、美沙子のショーツを掴むと浴室に移動した。
 浴室の中には雅彦が美沙子に手渡したボディーソープの匂いが充満していた。
 深く息を吸う雅彦。胸に満ちる美沙子の残り香は手に握ったショーツに染み付いているであろう美沙子の中心の匂いを雅彦に期待させた。
 雅彦は椅子に腰掛けると両手でショーツを広げてみる。
 ブラジャーと同じベージュ色のショーツはひし形のフラットな布地が秘部を被い、その他の前面部分は透明度の高いレース仕立てだった。清楚な高級感に包まれながらもその露出部分の多さが淫靡な印象を与えていた。
 後部の布地は尻の窪みにフィットするよう三次元的にデザインされており、縫い合わせのラインが尻布の中心を通って股間へと伸び、股布とY字型に縫い合わされている。
 ショーツの美しい形状からも美沙子の腰から股に掛けての完璧なボディラインが想像できた。
 ブラジャー以上に美沙子の汗をたっぷりと含んだショーツは若干重量が増し、その布地は指先が濡れるほど湿っていた。
 息を荒げながら雅彦はショーツを裏返して股布を露にする。
 雅彦が最も見たかった禁断の領域は雅彦の欲望を十分満足さえ得る惨状を呈していた。
 美沙子の淫裂が押し当てられていたと思われる部分の布地は微かに黄色く変色し、更に他の部分とは明らかに異なる楕円形の染みも出来ていた。
 その生々しい光景は美しい美沙子が血の通わぬ人形などではなく、生身の、それも大人の女である事を雅彦にまざまざと見せ付けていた。
(すごい……ここに……ここに美沙子さんのオマンコが当たってたんだ……)
 感極まった雅彦は汚れたショーツの股布にしゃぶりついた。
 つんっと鼻を突くきつい匂いに雅彦の鼻の粘膜が痺れ、思わず噎せ返る。
 それでも雅彦はショーツから顔を離さそうとはしなかった。それどころか、淫臭を逃すまいと雅彦は犬のように忙しなく呼吸する。
 布地に這わせた舌先には微かな滑りとともに粘液がまとわりつく。その粘液は酸っぱいようなしょっぱいような不思議な味だったが、美沙子の胎内から分泌された恥かしい女の蜜を雅彦は夢中で舐め取った。
(こ、これが……これが美沙子さんのオマンコの匂いっ……オマンコの味なんだっ!)
 雅彦は強烈な臭気、そして、味覚に目眩を感じながらペニスをしごき始める。
 破裂せんばかりに屹立しているペニスはその先端から多量の粘液を垂れ流し、絡み付く指を滑らかに潤滑させる。指先が先端の肉鈴を擦る度に蕩けるような快感が雅彦の身体の芯を貫いて行く。
 雅彦はペニスに絡み付く自分の指を美沙子の指であると思い込んだ。
 美沙子は背後から雅彦のペニスに優しく指を絡め、ゆっくりと上下に絞っていく。
 ペニスの先端から漏れ出す粘液は白く濁り始め、全身を駆け巡る電撃にも似た快感に雅彦はきつく瞼を閉じて身を震わせた。
 美沙子の指は徐々にそのスピードを増していく。
 激しく上下にしごきたてられるペニスの下では睾丸を収めた皮袋が踊るように揺れ、美沙子にマッサージを施した時から溜まり始めた精液がぐつぐつと煮え立ちながら噴火の時を待っている。
 股間から盛り上がる猛烈な射精感に雅彦の腰まわりが熱く痺れ、喜びの頂きはすぐそこまで迫っていた。
「み、美沙子さんっ! ぼ、僕っ……もう……だ、駄目っ……」
 堪えきれず雅彦が切ない声を漏らす。
 鼻と口を美沙子のショーツにめちゃくちゃに押し付け、腰を上下に突き動かす雅彦は絶頂への階段を一人駆け登っていく。
 やがて、雅彦の全身に痙攣が走り、腰がビクッビクッと鋭く震えた瞬間、雅彦の若いペニスが遂に弾けた。
「うっ……い、イクッ! イクッ! み、美沙子さんっ!」
 雅彦は最後の力を振り絞り、美沙子のショーツをペニスに被せる。
 直後、ショーツの薄い布地を貫いて、真っ白な精液が吹き上がった。
 それは雅彦の身体の痙攣と呼応して断続的に脈動し、やがて溜りに溜まった欲望のエキスを最後の一滴まで吐き出すと静かに収まった。
 美沙子のベージュ色のショーツは雅彦の若く濃厚な精の滴りを全て受け止め、その身を白く濁らせていた。
 射精直後の心地よい疲労感に浸る雅彦。
 その朦朧とする意識の中、雅彦を喜びの頂きへと導いた美沙子の幻影が湯気のように揺らめき、そして消えて行った。

戻る