熟母交姦

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プロローグ 母たちの憂鬱

「どうしよう……どうしようっ」
 津島美雪は一人息子である達也の部屋で途方に暮れた。
 手に持つのは、お歳暮に贈られてきた洋菓子の丸い缶だったが、中身はクッキーやチョコレートなどではなく、色とりどりのショーツだった。
「どうしよう……このままじゃ、達也が死んじゃうっ」
 達也は私立の中学に通っている。下着泥棒が発覚すれば良くて停学、下手をすると退学ということも有り得る。
 となれば、公立中学に転入せねばならず、こんな中途半端な時期の転入ではクラスに解け込むのも難しい。まして転校の理由が知れれば、クラスメイトからのいじめは免れまい。
 周囲から口々に下着泥棒となじられ、やがて不登校になり、部屋から一歩も出なくなった達也が、ある朝、首を吊って死んでいる。
 美雪はそこまで想像して、背筋がぞぅっとなるのを感じた。
 事の始まりはPTAの会合、その日の議題はとある生徒たちの起こした痴漢事件だった。
「というわけで、まことに遺憾ながら、彼らを退学処分とせざるをえませんでした」
 PTAの面々に説明する、校長の沈痛な言葉は、会議室の空気を一気に重たくした。
 美雪だけでなく、その場にいた親の誰もが、息子たちの姿を思い浮かべては、内心身震いしていたことだろう。
 事件のあらましは簡単だった。
 達也と同学年の三人組が、登校途中の電車内においてOLに痴漢行為を働いたのだ。
 三人のうち二人が壁役となり、残り一人が女性の尻を触ったらしい。
 それも今回が初めてではなく、実行犯をローテーションさせながら、同様の犯行を繰り返していたのだそうだ。
 その日を境に、美雪は達也の事が心配で夜も眠れなくなってしまった。
 息子を信用できないなんて、母親として恥かしい。それでも結局は我慢ができず、ついに達也の部屋へと立ち入ったのだった。
「こんなに沢山のパンツを、達也はいったい何処から……」
 美雪は缶の中から取り出した、一枚のショーツを絶望的な気分でみつめる。
 すると、妙なことに気がついた。
「このパンツ……何処かで見たような気がする」
 既視感ともいうべき不思議な感覚に襲われ、美雪は勉強机の上に、缶の中身をすべて並べて見ることにした。
 その数、実に十枚。どのショーツにも見覚えがあった。
「こ、これ……私のだわ。私が若い頃に穿いていたパンツ」
 今では決して穿かなくなった、色もデザインもかなりセクシーなショーツたちは、新婚間もない頃、夫に求められて美雪自身が身に着けていた物だった。
「こんなのまだ残ってたんだ。達也ったら、タンスの奥から探し出してきたのね」
 取り敢えず、余所様の下着を失敬してきた訳でない事はわかった。美雪は天井からぶら下がる達也のビジョンを頭の中で掻き消し、ほっと胸を撫で下ろす。
 が、しかし、入れ替わりに別の問題が持ち上がった。
「でも、どうして私なんかのパンツを?」
 呟きながら美雪には薄々わかっていた。
 年頃の少年が女性の下着を盗み出してすることなど、一つしかないのだ。
「私のパンツで……達也はオナニーしたんだわ」
 言った瞬間、子宮のあたりがずんと重苦しくなった。達也が産まれてきた瞬間の喜びを、美雪は鮮明に思い出す。そして、日々、成長していく達也の姿を、楽しみに生きてきた十四年間の出来事を。
「あんなに小さかった達也が、もうオナニーする年頃になったのね」
 夫の一哉は出張が多く、ほとんど達也と二人でこの十四年を生きてきたようなものだ。
 その達也の決定的な成長の証を目の当たりにして、美雪は机の上に並べた自分の下着を感慨深く見つめるのだった。
「なんだか恥かしいわね」
 戸惑いはあったが、まったく嫌な気持ちはしなかった。それどころか、何処か誇らしいような、大好きな恋人を虜にした時のような気分に、胸がどきどきした。
「息子が自分のパンツでオナニーしてるのを知って、こんな気持になるなんて、私はいけない母親なのかしら」
 舞い上がる自分を嗜めた。相手は実の息子なのだ。
 そんな美雪の目の端に、並べたショーツの最後の一枚が引っかかった。
 それは他の物に較べて一際きわどいデザインのTバックショーツで、穿いたが最後、ヒップはおろか、一番大事な部分さえ、隠せるかどうかもわからない代物だった。
「こんなにエッチで恥かしいパンツ、若い頃にだって私、穿いた憶えがないわ」
 それを穿いている自分の姿を想像して、美雪は赤面してしまう。美雪はどちらかと言えば落ちついたデザインのランジェリーが好きで、今穿いているショーツだって、レースとフリルのあしらわれた、清楚なデザインの物だった。
「これだけは私のじゃない。しかもこれ、脱いだまま洗ってないみたい」
 他の九枚に較べて明らかに皺が寄り、くたびれて見えるTバックショーツは使用済みの上に未洗濯だった。その証拠にクロッチの内張りには、女性であれば誰もが見慣れている汚れが、薄っすらと付着していた。
 疑念はいよいよ確信に変わり、再び沸き起こった下着泥棒の嫌疑に頭がくらくらする。また同時に、恋心を裏切られたような、物悲しい気分に支配されて、美雪は唇をきつく噛み締めた。
「達也は私の息子なのに……」
 何処かの知らない女性に、達也を横取りされた気がして呆然となる。
 そんな時、玄関のチャイムが鳴り出した。
 ショックにおぼつかない足取りで階段を降り、ドアを開けると、そこには隣人の有島夏樹が立っていた。
「参ったわ。うちの勇介ったら、私の下着を持ち出してオナニーしてたみたいなの」
 ストレートな性格の夏樹は、リビングのソファに座るなり、開口一番にそう言った。
 一方、美雪はついさっきまでの自分の姿を、見られていたような気がして冷や汗をかく。
「別にそれ自体は構わないのよ。むしろ嬉しいくらい。だってそうでしょ? 手塩にかけて育てた一人息子が自分を女として見てくれてるなんて、素敵なことじゃない」
 夏樹の一言一言に、美雪は心臓を鷲掴みされたみたいに口をパクパクさせるばかり。
 夏樹は構わず続ける。
「それより問題なのは、私の下着だけじゃ満足出来ずに余所の女に手を出すことよ。憶えてるかしら、痴漢事件を起こして退学になった三人組の話」
 忘れる訳もない。今、まさにその恐怖を味わっているところなのだ。
「あんなことになったら、泣くに泣けないわ。ここだけの話、ほら、この一枚だけ、私のじゃない下着が混ざってたの。何処から盗ってきたのか知らないけれど、私は下着にはうるさい方だから、絶対に間違えたりしないわ。これは私のじゃない」
 そういって目の前に突き出されたショーツを見るなり、美雪はあっと声をあげてしまった。
「そ、それ……私のパンツ……」
「えぇっ!?」
 驚く夏樹に、美雪はしぶしぶながら事の経緯を話し、達也のコレクションから見つかった、他人の物と思しきTバックショーツを見せることにした。
「あら、これ私のだわ」
「えぇっ!?」
 夏樹の呟きに、今度は美雪が驚いた。
「かなりのお気に入りだったのよ。なるほど、クローゼットの中をいくら捜しても、どうりで見つからないわけね」
 夏樹はその怜悧な瞳をきらりと光らせて呟き、腕組をして深く頷く。
「でも、これで合点がいったわ」
「どういうことなの? 夏樹さん」
「うちの勇介と美雪さんとこのたっくんが、私たちの下着を交換したのよ」
「勇くんと達也が?」
「人間の趣味なんて、どうしたって偏るものでしょう。私は派手でセクシーな下着が好きだし、美雪さんは落ち着いたデザインの方が良いみたいね」
「だから?」
「いつも同じじゃ飽きちゃうってこと。男なんて飽きっぽいんだから」
 夏樹はすでに、達也と勇介を一人前の男として見ているようだった。
「不味いわね。今回は私たちの下着だったから良かったものの、そのうち余所の女の下着にも手を出しかねないわよ」
 恐ろしい予言に、美雪は泣き出しそうになる。
「ど、どうしたらいいの、夏樹さんっ。このままじゃ……達也が死んじゃうっ」
 頭の中では、再び達也が首を吊っていた。
 美雪の大袈裟な物言いにも笑わず、夏樹は静かに言った。
「これは由々しき問題よ。こういうことは母親である私たちが、手取り足取り教えてあげるべきだと思うの。協力してくれるわよね、美雪さん」
 そこから始まった話の大胆さに圧倒されつつ、けれども美雪は、何処かしら胸躍らせている自分に気が付いて、押し黙ったままゆっくりと夏樹に頷くのだった。

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