罪母

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第一章



 重い衝突音が車内に響き、中原香苗は慌ててブレーキを踏んだ。
 深夜の国道を走行中、助手席に置いた携帯を取ろうとした直後の出来事だった。
「うそっ……嘘でしょう!?」
 人身事故を起こしたとすぐに気付いて、全身から血の気が引いた。
 香苗は急いでシートベルトを外すと、車外に飛び出す。
 轢いたのが人間以外の何かであって欲しい、ただそれだけを願っていた。
「わ、私っ……ど、どうしましょう!?」
 けれども、願いは空しく裏切られた。
 車の後方、十メートルほどの所に男性が仰向けに倒れていた。
 暗さと距離のせいで顔はよく見えない。
 ぴくりとも動かず、それこそ死んだようにアスファルトに横たわっている。
 もちろん、すぐさま駆け寄って安否の確認を行い、救急車を呼ばなくてはならない。
 香苗は震える足でアスファルトを踏み締め、でも、数歩あるいたところで止まってしまう。
 脳裏には夫と一人娘の顔が浮かんでいた。
(もし、あの人が亡くなっていたら、私の人生も家庭も、何もかもめちゃくちゃになってしまうわ……)
 心の中で悪魔が囁いた。
 周囲を見まわしても人影は見当たらない。
 事故など無かったかのような静けさだ。
「ごめんなさい」
 小さく囁いて男性に詫びると、香苗は駈け足で車内に戻り、その場を走り去った。

 事故の翌朝、夫と娘を送り出した香苗は、体調不良を理由に会社を休んだ。
 そして、朝刊を隅から隅まで調べ上げ、朝のニュース番組もすべてチェックしたが、轢き逃げ事件を報じる記事も報道も、見つけることはできなかった。
「もしかして……あれは私の見間違いで、本当は人じゃなかったのかしら?」
 そうであってくれたら良い、その思いから、空しい独り言を言ってみる。
 ほんの少しだけ安心したが、香苗には良くわかっていた。
 時間的に間に合わなかったのか、もしくはローカルな事件なため、取り上げられなかっただけのことで、今ごろ現場では、警察が血眼で証拠を捜している筈だった。
 香苗はすぐさま業者に手配して、ガレージに停めた、バンパーのひしゃげたBMWを廃車にした。
 それからしばらくは生きた心地がしなかった。
 今日、明日にでも、警察の人間が突然やってくるかもしれない。
 眠れぬ夜が幾日も続いた。
 けれど、いつまでたっても捜査の手は香苗の元へ伸びてはこなかった。
 やがて記憶も風化し、半年も経つ頃には事故そのものを忘れかけていた。
 その矢先の出来事だった。
「さて、今日は早く帰れそうね」
 新しく買ったシルバーのベンツを運転して、香苗はあの場所を通りがかった。
 時刻は夕暮れ時、これなら娘と一緒に夕飯を食べられる。
 そう思ったとき、歩道から少年が歩み出てきて、車線の真中に立ち塞がった。
 途端に事故の記憶が蘇り、香苗は慌ててブレーキを踏む。
 男性を撥ね飛ばした瞬間の恐怖と絶望を思い出し、それが怒りとなって香苗を突き動かした。
「ちょっとあなた! 道の真中で何をしてるの!? 危ないでしょう!!」
 かっとなって車から飛び出し、叱りつける。
 しかし、少年は笑って言った。
「今度はちゃんと止まってくれたね。あの夜みたいに、また轢き逃げされるかと思ってたのに」
 香苗は心臓が止まるかと思った。
 まるで幽霊にでも出会ったように、全身の筋肉が硬直する。
「あ、あなた……まさか、あの時の……」
「積もる話は車の中でしようよ。後が支えてるしさ」
 後続車が次々とやってきては、道を塞ぐ非常識なベンツにクラクションを鳴らす。
 それを尻目に、少年は素知らぬ顔で助手席に乗り込んだ。
「あなた、いったい……どういうつもりなの!?」
 慌てて運転席に戻った香苗は胸の動悸を抑えつつ、ゆっくりとベンツを発進させた。
「そっちこそ、どういうつもりなの? 倒れてる僕を置き去りにしてさ。危うく死ぬとこだったんだよ?」
「そ、それは……」
 決して許されない罪を暴かれ、香苗は胸を突き刺されたような思いがした。
「本当にごめんなさい。私、あの時は……」
「言い訳はいいからさ、このまま警察に行こうよ。さて最寄の警察署は……と」
 少年はダッシュボードに供えつけられた最新式のカーナビで、付近の地図を検索して見せる。
 反射的に香苗は叫んだ。
「ま、待ってちょうだい! わ、私には夫と娘がいるの。警察沙汰になんてなったら、私の家庭はめちゃくちゃになってしまうわ」
「僕の身体もめちゃくちゃになったよ。半年の病院暮らしは辛かったな。リハビリなんてさ、泣くほど痛かったんだよ。どうしてくれるの?」
「わ、わかったわ。お金ならいくらでもあげるから、警察にいくのだけは許してちょうだい」
 香苗も夫も大会社に勤め、人がうらやむほどの資産を持っていた。
 金銭で決着するのなら、願ったり叶ったりだった。
「大人はこれだからな。なんでもお金で解決できると思ってる。生憎、僕は子供だから、そんなにお金の使い道もないんだ」
 自分を子供と呼んだ少年の年齢は十六、七歳くらいだろうか、見ようによっては女の子にも見える、中性的な顔立ちをしていた。
「じゃ、じゃあ、どうすれば良いの? 私に出来ることならなんでもするわ」
 香苗の言葉にニヤリとほくそ笑み、少年は予想外の提案をしてくる。
「このまま二人で旅に出ようよ。僕が満足するまで、家には帰らないって約束して。そうしたら、警察に通報するのは止める」
「そ、そんなこと出来るわけ……」
「何か思い出したら連絡を……って、刑事さんの携帯の番号聞いてあるんだ。今、ここでかけても良いんだよ? 隣に轢き逃げ犯がいます。すぐに捕まえに来てください……なんてね」
 少年はズボンのポケットから携帯を取り出し、素早くボタンをプッシュして、耳に充てる。
「一回、二回、三回……刑事さん、なかなか出ないな」
「わかったわ! あなたの言う通りにするから。電話を切ってちょうだい」
 言われた通り、少年は携帯を切り、ポケットに仕舞った。
「商談成立。次の入り口から高速に乗って。二人で遠くへ行こう。ね、香苗さん」
 馴れ馴れしく名前を呼ばれ、香苗は恐ろしくなる。
(この子、私のことを何もかも調べて来たんだわ。お金を強請るつもりでも無いようだし、いったい、何が目的なの!?)
 いずれにせよ、今は抵抗すべきではないと思った。
 帰宅を諦めた香苗は深い溜息を吐き、料金所へ向けてウィンカーを操作した。



 アスファルトに叩きつけられた巧は、朦朧とする意識の中、懸命に目を凝らした。
 自分を撥ね飛ばした白いBMWが、十メートルほど先で止まっていた。
 ドアが開き、運転席からドライバーが飛び出してくる。
「わ、私っ……ど、どうしましょう!?」
 半ばパニックに陥っているドライバーはライムグリーンのスーツを着た女性だった。
 年齢は三十代後半といったところか。
 黒いひっつめ髪にほっそりとした輪郭、絶望に染まる切れ長の瞳までが、息を呑むほど美しく見えた。
 女性は数歩こちらに歩み寄ってきたが、途中で意を決したように踵を返し、再び運転席に飛び乗ると、荒々しくアクセルを踏み込んで夜の闇に消えていった。
 巧はあまりに美しすぎる轢き逃げ犯の姿と、走り去るBMWのナンバーを脳裏に焼き付け、そのまま意識を失った。
 生死の境をさ迷った巧が治療とリハビリを終えて退院したのは、それから半年後のことだ。
 轢き逃げ犯はまだ捕まっていなかった。
 意識を取り戻した巧の元に、刑事が足繁く通ってきては犯人の人相や車の車種、ナンバーを憶えていないかと訊いてきた。
 しかし、巧は何も見ていないの一点張りだった。
 もちろん嘘だ。何もかもすべて憶えていた。犯人の顔も車種もナンバーも。
 けれど……、
(僕が警察に話したら、あの綺麗な女の人は逮捕されて、刑務所に入らなければならなくなる)
 そう思うと、どうしても告発する気にはなれなかった。
 代わりに巧は預金通帳を持って、路地裏の小さな探偵社を訪ねた。
「あら、ずいぶんと可愛らしいお客様だこと」
 出迎えてくれたのは三十代前半の目の覚めるような美女だった。
「私はこの会社の経営者で主任探偵の神楽弥生よ。よろしくね」
 巧よりも頭ひとつぶん背の高い女性は、そう言って右手を差し出す。
 握手をする習慣の無い巧は少し驚いて、差し出された手をおずおずと握り返した。
「有島巧です。今日はお願いがあってきました」
 仕事柄、目立ってはいけないためか、弥生はベージュ色の地味なスーツを着ていた。
 ヘアスタイルも色気の無いひっつめ髪で、それでも、鋭利な刃物のような知性と、陶器で出来ているような冷たい美貌は隠せなかった。
 巧は弥生の手を握り締めたまま、その顔にしばし見惚れてしまう。
「私の顔に何かついてるかしら?」
 くすりと微笑んで、弥生は訊いた。
「い、いいえ。ごめんなさい」
 巧は慌てて目を逸らし、手を離す。
「お客様が謝らないで。とにかくソファにおかけなさい」
 言われた通り、革張りの高そうなソファに座ると、弥生が紅茶を淹れてくれた。
「さて、どういった御依頼でしょう?」
 どう見ても未成年である巧の話を、弥生は真剣に聞いてくれた。
「なるほど……その若さで轢き逃げに遭うなんて災難だったわね」
 静かに溜息を吐いて弥生は言った。
「で、その相手について調べて、それからどうするの? 普段はこういう立ち入ったことをクライアントに訊いたりしないんだけれど、今回は事情が事情だから、訊いておきたいの」
 訊かれて巧は困ってしまう。
 なぜこんなにも執着するのか、自分でもわからなかった。
 ただひとつ、あの女性を怨む気持ちはない、ということだけははっきりしていた。
「僕を轢いたあの女の人が何処の誰で、何をしている、どんな人なのか、ただ知りたいだけです。別にどうこうしようだなんて思っていません」
「まるで一目惚れした片思いの相手を探したがってるみたいね」
 そう言ったまま、弥生はしばらく考え込む。そして、
「でも、よかったわ。自分の手で復讐したい、なんて言われたら、この依頼は断らなくちゃいけないもの」
「じゃ、じゃあ……」
「本当は未成年者からの依頼は受けられないのだけれど、轢き逃げされた子にお願いされて断るんじゃ、探偵失格だものね。いいわ、この御仕事、受けさせて頂きます」
 それから一週間後、巧は調査報告を受け取った。
 車のナンバーがわかっていたので、調査そのものは簡単だったらしい。
 けれども、明らかになった「彼女」の素性が問題だった。
 それを知った巧は、弥生に新たな仕事を依頼した。



「もうじき彼女の車が来るけど、本当にやる気なの?」
 これで何度目の確認だろうか。バックミラーを覗いて弥生が訊いた。
「ええ、この機会を逃したら、たぶん次は無いでしょうから」
 迷いが無いと言ったら、嘘になる。でも、後悔はしたくなかった。
「来たわ。彼女のベンツよ。気をつけて行ってらっしゃい」
「弥生さん」
「なに?」
「いろいろとありがとう。行ってきます」
 黙って頷く弥生の涼やかな笑顔に見送られて、巧は助手席から表に出る。
 忘れもしない、あの夜の現場に巧はいた。
 弥生の言った通り、シルバーのベンツが道の彼方から近づいてくる。
 今度は余裕を持って立ち塞がった。
 ベンツがゆっくりと減速して、目の前で止まった。

 高速道路は空いていた。
 夕焼けに紅く染まった風景の中、ベンツは追い越し車線を滑るように走り続ける。
 高速に乗ってから、緊張で巧は一言も口を利いていなかった。
 車内に充満する香水の甘い匂いを嗅ぎながら、運転する香苗の姿を横目でちらちらと盗み見るのが精一杯だった。
(確かにあの時の女の人だ。なんて綺麗なんだろう……)
 激しい動揺に表情は固まっていたが、横顔は惚れ惚れするほど端正で、柔らかそうなウェーブヘアが、からし色のスーツの肩まで伸びていた。
 無機質で完成された美貌の弥生とは対照的に、肉感たっぷりの妖艶な匂いのする女性だった。
「あなた……お名前はなんて言うの?」
 危害を加えるつもりはないとわかったのか、香苗が恐る恐る話し掛けてきた。
「それは……ないしょ」
 少し考えて巧はぎこちなく答えた。
 今はまだ、名前を明かさない方が良い。
「私のことはどうやって調べたのかしら?」
「あの時、僕には意識があったんだ。ナンバーも車種も憶えてたから、後は探偵さんに調べて貰うだけだったよ。もっとも香苗さんが証拠隠滅を謀ってくれたから、少しだけ時間がかかったけれど」
「あ、あれはそういうつもりじゃ……」
 巧の機嫌を損ねまいと、香苗は言い訳する。
 その困った表情が可愛らしくて、巧は意地悪をした。
「買ってから一年しかたっていないBMWを、事故を起こした翌日に、たまたま廃車にしたっていうの?」
「そ、それは……ごめんなさい」
 香苗は泣きそうな顔で黙ってしまった。
(ごめんね、香苗さん。でも、香苗さんが悪いんだよ。倒れてる僕を見捨てたりするから……)
 早くも挫けそうになるが、巧は心を鬼にして悪漢を演じる。
「病室に刑事さんが何度も来たんだ。言うことはいつも同じ。犯人の人相は? 車の車種は? ナンバーは? ってね。正直、うんざりしちゃったよ」
「どうして……刑事さんに話さなかったの?」
「それは……」
 貴方を犯罪者にしたくなかったから、とは言えなかった。
「それも内緒なの?」
「じゃなくて……つまり、こういうことかな」
 なんとか誤魔化そうと、巧は勇気を振り絞って、タイトスカートから伸びたふとももに手を伸ばす。
 痴漢でもしているようなシチュエーションに、高鳴る鼓動と手の震えを隠すのが大変だった。
 極薄の黒いストッキングに包まれたひざに指先が触れた瞬間、香苗の身体はびくりと痙攣し、釣られて巧もシートから浮き上がる。
「きゃあっ!」
 ベンツは大きく蛇行し、車内が揺れた。
 驚いた香苗が反射的に巧の手を払おうとしてハンドル操作を誤ったのだ。
「ちょ……ちょっと、やめて! いきなり、どういうつもりなの!?」
 巧の手を払い退けると、香苗は忙しなくハンドルを切って、なんとか車体を安定させた。
「危ないなぁ……ちゃんと運転してよ。また人を撥ねちゃうよ?」
 努めて軽口を叩きながら、巧は冷や汗をかいていた。
 そんなことなど露知らず、香苗は唇を噛み締めると横目でこちらを睨みつけてくる。
 胸の奥がずきりと痛んだ。
(そんな目で見ないでよ。僕は香苗さんの味方なのに……)
 悪役を演じ続けるのに、巧は気が弱過ぎた。
 少しでも気を抜いたら、全部白状してしまいそうだった。
「ただ香苗さんとドライブして、それで僕が満足するとでも思ってるの? 香苗さんの犯した轢き逃げの罪が、そんなことで許されるって」
「さ、最初から私の身体が目当てなの?」
 香苗は捲れかかったタイトスカートの裾を、慌てて片手でずり下げた。
「でも、どうして? あなたみたいな若い子が、私みたいなおばさんを相手にしたって嬉しくないでしょう?」
 弥生の報告書に、香苗は今年で三十八歳になると書かれていた。
 なるほど、世間ではおばさんと呼ばれる年齢かもしれない。
 けれど、そんなことは関係なかった。
 からし色のスーツに包まれた弥生の肉体はむっちりと張り詰め、バストの膨らみは今にもスーツのボタンを飛ばしてしまいそうだった。
 先ほど触り損ねたふとももはタイトスカートに隠されているものの、ハンドルの下を通ってアクセルに伸びるふくらはぎは丸見えで、ストッキングの光沢に輝く美脚に、巧の目は自然と吸い寄せられる。
「おばさんっぽく見える人をおばさんって言うんじゃないかな? 少なくとも、香苗さんはおばさんには見えないよ。すごく綺麗だし、一緒にいるとエッチな気分になってくるもの」
 香水の芳香に混じって、香苗の身体から男を誘うような卑猥な雰囲気が漂っていた。
 広くはない車内で熟れた美女と二人きり。しかも、相手は何でも自分の言いなりになる、というシチュエーションの中で平静を保つのはとても難しかった。
「へ、変なこと言わないで。私、お世辞を言われて、喜ぶような女じゃないわ」
 香苗は頬を赤らめて、フロントガラスの向うを見つめる。
 しかし、落ちつかないのか、ちらちらとこちらに流し目を送ってきた。
「ひどいな、お世辞なんかじゃないのに。僕を轢いた時、香苗さんは一度、運転席から降りてきたよね。僕を助けるか、見捨てて自分の暮らしを守るか、迷う香苗さんの切羽詰った顔がすごく色っぽくて、忘れられなかったんだよ」
「あ、あの時は私、どうかしてたのよ。人生がめちゃくちゃになるって思ったら、恐くなって、それでつい……」
「僕を見殺しにしたわけだ」
「そ、それは……」
 反論しようのない事実を突きつけられ、香苗は罪悪感に顔を歪める。
 すかさず巧は追い討ちをかけた。
「だからさ、僕の好きにさせてよ。そうしたら、香苗さんの人生だって元通りだし、僕もハッピーになれて、一件落着ってことになるんだから」
「ひ、卑怯よ! そんな取引きみたいな真似をしかけるなんて。夫も娘もいるのに、そんな真似……出来るわけ……」
 口惜しそうな顔で訴える香苗は、それでも必死に思案しているように見えた。
 肉体関係と引き換えに罪を帳消しにされるという、卑劣ではあるが魅力的な提案の誘惑に、抗おうと懸命になっているようだった。
「無理にとは言わないよ。決めるのは香苗さん自身だもの」
 自分の冷酷な物言いに巧は驚く。
 追い詰められた香苗の見せる苦悩が、こんなにも心地良いものだとは思わなかった。
 重苦しい沈黙の中、獲物を仕留めるハンターの愉悦に浸りながら、巧はとどめの引き金を引いた。
「タイムオーバーだね。ここまでにしよう。僕も無理やりっていうのは好きじゃないし……」
「ま、待ってちょうだい! わかったわ! あなたの好きにして良いから!!」
 自分の運命を悟ったように香苗が叫んだ。
「それであなたの気が済むなら……その……好きに……好きにすれば良いじゃない」
 スカートの裾に添えていた手をハンドルに戻すと、投げやりな口調で囁いた。
 瞬間、巧は勝ったと思った。
 皮膚を刺す罪悪感とは裏腹に、女性を服従させる快感が背筋を這い上がってくる。
「だったら、車を脇に停めて。走りながらじゃ危ないからね」
 一転して優しくなった巧に従い、香苗はハザードを出してベンツを停めた。



 後部座席に身を沈め、香苗は擦り寄る巧の唇を受け止めた。
「ねえ、キスしようよ」
 付き合い始めたばかりの恋人にでも言うように、巧は接吻をせがんできた。
 もちろん香苗は躊躇うが、そもそも拒絶できる立場ではない。
 夫に悪いと思いながら、轢き逃げ犯の夫にしてしまうよりは遥かにマシと、自分に言い聞かせた。
「はむっ……んん……」
 やんわり押しつけられた唇はつるりとしていて、少年の物とは思えないほど瑞々しかった。
 触れ合う唇越しに、人の体温を感じるのはいつぶりだろう。
 心地良い温もりに頭の芯が痺れて、抵抗しなければという思いが揺らいでしまう。
 そんな香苗の葛藤などお構いなしに、巧は甘えるようにしな垂れかかり、夢中で唇を求めてきた。
 切なげな息遣いが頬にくすぐったい。
 まるで僕を離さないでと言ってるような、懸命なキスだった。
「ありがとう、香苗さん……僕、優しくするからね」
 静かに唇を離すと、にっこり微笑んで、巧は再びふとももへと指を這わせてくる。
 女性を思わせる細く長い指が、ストッキングの表面をくすぐるように撫でた。
 言葉通りの優しい愛撫は、自分を脅して性行為を強要する、悪漢のものとはとても思えない。
 香苗は不可解な巧の言動に苛立った。
「私たち、そういう関係じゃないでしょう。それこそ、力づくで犯された方がまだわかりやすいわ。あなたはいったい、私をどうしたいの?」
「力づくでとか、そういうのは嫌いなんだ。ほんとは脅すような真似もしたくないんだよ」
 巧は愛しげにふとももの内側を撫でさすりながら呟く。
 その心地良い刺激に軽く身震いして、香苗は訊いた。
「なら、どうしたいの?」
「そうだな……多分、思い出して欲しいのかな?」
 思いがけない答えに耳を疑った。
 つい巧の顔をまじまじと見つめてしまう。
「思い出すって、あなたを?」
「そう、香苗さんは昔、僕に会ったことがあるんだ」
 言われて記憶を探ってみるが、無駄だった。
「……ごめんなさい。私、何も憶えていないわ」
「ひどいなぁ……じゃあ、こうしよう。香苗さんが僕を思い出したら、旅はそこでお終い。それまで僕は香苗さんを好きにできる。良いよね?」
 そう言って無邪気に笑う表情は、見ている方が気抜けするような稚気に満ちていた。
 にも関わらず、指は敏感なふとももの内側で小さな円を幾つも描き、少しずつタイトスカートをずり上げながら股間へと近づいてくる。
「うっ……」
 ぴくりと身体を震わせて、香苗は小さく呻いた。
 ストッキングとショーツ越しに、巧の指が性器に触れたのだ。
「旦那さんとはご無沙汰なのかな? 香苗さんの身体、すごく感度が良くなってる」
 互いに忙しい身なので、夫婦の営みはここ数年、途絶えて久しかった。
 それをあっさり見破られ、羞恥と屈辱に香苗は声を荒げてしまう。
「よ、余計なお世話よ。勘違いしないように言っておくけれど、今こうして好きにさせてあげてるのは、あなたを轢いたお詫びの気持ちからよ。そうでなかったら、あなたみたいな子供、相手になんかしないわ」
「フフフッ、香苗さんみたいにプライドの高い女の人、僕は大好きだよ。でも、そのプライドの高さをいつまで保っていられるんだろう? 興味深いね」
 どんなに怒って見せても、巧は笑顔を崩さない。
 楽しげに会話を続けながら、その指は下着の上から正確にクリトリスを探し出し、圧迫を加えてくる。
 下半身に蕩けるような快感が走り、身体中がかっかと火照った。
 巧から与えられる性感と緊張が合間って、香苗は異常な興奮を覚えていた。
 少しでも興奮を冷まそうと、エアコンの出力を一段強くする。
「気持ち良かったら、声を出しても良いんだよ」
「ば、馬鹿にしないで。私、感じてなんかいないわ」
 強がりを言う香苗だったが、ショーツのクロッチが少しずつ濡れてきているのは、自分でもはっきりとわかっていた。
 巧の指使いは慣れ親しんだ夫の物とは比べ物にならないほどいやらしい。
 クリトリスを優しく爪弾かれるたび、股の中心に快電流が走り、腰から下が痺れて今にも喘ぎ声を漏らしてしまいそうになる。
 奥歯を噛み締めて快感に抗いながら、香苗は意識を散らそうとした。
 しかし、
「くっ……ふぅん……」
 辛抱堪らずに鼻から声が漏れてしまった。
 慌てて後悔したが後の祭りで、巧はにんまりほくそ笑み、からかうように言った。
「見かけはキャリアウーマンって感じなのに、随分と可愛らしい声で鳴くんだね」
「あ、あなたに可愛いだなんて言われると虫唾が走るわ!」
 底意地の悪い物言いが口惜しくて、香苗はきつく言い返す。
 一度弱みを見せたが最後、つけ込まれるのはわかっていた。
 身体は許しても、心だけは許すまいと必死だった。
「怒ってる顔も綺麗だよ。美人は得だね」
 けれども、どんなに敵意を向けたところで巧は軽く受け流し、まるで手応えが感じられない。
「どうやら喜んでもらえてるみたいだし、下ばかり弄るのも芸が無いよね」
 巧はスカートの中から手を引き抜き、スーツのボタンを外していく。
 やがて、スーツの前身ごろが開き、ブラウスの胸元が露になった。
「はぁ……早苗さんの胸、大っきいなぁ。抱きついてもいい? 良いよね?」
 感嘆の溜息混じりにわざわざ訊いてくる巧は、乳房に対する思い入れが強いのか、夢見るような表情だった。
 その無邪気な様子に香苗は少しだけ母性本能をくすぐられたが、巧との関係を思えば、嬉々として受け入れるわけにはいかない。
「自分から手を出しておいて、良いも何もないでしょう。駄目って言ったところで、どうせ聞かないんだから、好きにしたらいいじゃない」
 巧には一瞥もくれず、わざと突き放して見せた。
「うん、好きにする」
 巧はこくりと頷いて助手席から身を乗り出し、ブラウスの胸に顔を埋めた。
 胸の谷間に圧迫を感じて、ブラジャーの中で乳房が左右に押し退けられる。
「うわぁ……なんだか焼きたてふかふかのパンみたいだね」
 豊かなバストは確かに香苗の自慢だった。
 三十八歳になった今でも型崩れはまったくなく、毎晩、鏡の前で見惚れるほどだ。
 そのボリュームは薄っぺらなブラウス程度では隠しようがないため、職場で上着を脱ぐと、周囲の男性社員の視線が一斉に胸元へ注がれるのがよくわかった。
「柔らかくて、暖かくて……それになんて良い匂いなんだろう。香苗さんの匂いを嗅いでるだけで、頭がぼうっとしてくる」
 巧は鼻先をブラウスに擦りつけると、香苗の匂いを深く吸い込んで恍惚と呟いた。
 母親の胸にすがりつく子供のような姿に、香苗は一瞬、幼い我が子を抱き締めている錯覚に襲われた。
 思わず巧の髪を撫で付けてあげたくなり、慌てて自分を戒める。
(どうしてそんな子供みたいな真似するのよ。私を脅してる自覚なんてないみたい)
 もともと香苗は子供が大好きで、そのせいか、時折見え隠れする巧の無垢な様子に、どうしても警戒心が緩んでいく。
「あなた……お母様はお幾つなの?」
 艶っぽい気分になるのを防ごうと、家族の話題を振ってみた。
 巧の年が見たて通りだとすれば、母親は自分と似たり寄ったリの年齢だろう。
「生きてれば……三十七歳」
「じゃあ……」
「二年前に死んじゃった」
 ブラウスの膨らみに頬を摺り寄せる巧の動きが止まった。
「そ、そうなの……ごめんなさいね。辛いことを思い出させてしまって……」
 何気ない世間話のつもりだったのに、余計に冷たくあしらうのが難しくなった。
「良いんだ。母さんはいつだって僕を大事にしてくれたし、想い出なら、たくさん残ってるから」
 無理に笑顔を作って巧は微笑み、気を取りなおしてブラウスのボタンを上から順番に外していく。
 すぐに胸元がはだけ、純白のブラジャーが露になった。
「わぁっ……上品だけどエッチなブラジャーだね。綺麗で色っぽい香苗さんにぴったりだ」
「あ、ありがとう……って、私、喜んでる場合じゃないわね」
「どうして?」
「どうしてって……あなた、この状況でよくそういうこと訊けるわね」
「でも、母さんは言ってたよ? 男も女も、人間は誰だって寂しくてしょうがないんだって。だから、寂しいときは遠慮せずに慰め合えば良いんだって」
 言いながら巧がフロントホックを外すと、バストの重みでカップが弾け、豊満な双房が零れ出した。
「きゃっ!」
 反射的に片手で乳房を隠し、香苗は悲鳴を上げてしまった。
「ちょっと! 下着を脱がせるなら、一言くらい何か言いなさい!!」
「さっきは好きにして良いって言ってたよ?」
「そ、それは……デリカシーの無い男の子は嫌われるわよ?」
「フフフッ、なんだか僕のママみたいだね、香苗さん」
「な、何を言ってるのよ……もうっ」
 初対面の少年を前に、胸を肌蹴ているだけでも恥かしくて仕方ないのに、あろうことか母親呼ばわりされて、香苗は調子が狂ってしまう。
「ねぇ、手をどけて。これは僕の正当な権利だと思うよ。病院のベッドでずっとこの時を想像してたんだから。あぁ……半年間の病院暮らしは辛かったなぁ……」
 わざとらしく嘆いて見せる巧を、思わず引っ叩いてやりたくなった。
 本当の息子であればそれも出来るが、もちろん彼はそうではない。
 しかも完全な被害者であり、一方の香苗は加害者だった。
「まったく……いやらしい子ね」
 しぶしぶ香苗は乳房を覆っていた手を離した。
 紅い小梅大の乳首をつんと上に向けた乳房が露になり、エアコンの風が当たって背筋がぞくりとする。
 にも関わらず、ガラス張りのショーケースの中でヌードを晒している状況に、恥かしさで身体の芯が燃え立つようだった。
 香苗は再び胸を隠したい衝動に駆られるが、はしゃぐ巧の嬌声に遮られてタイミングを失ってしまう。
「うわぁ……真っ白な肌、血管が透けて見えてる。おっぱいも張りがあって、恰好いい形してるね。とても、三十八歳とは思えないよ。それにさ……なんだか、先っぽ、硬くしてない?」
「き、緊張してるからよ。別に……感じてるわけじゃないわ」
「ふーん、そうなんだ。じゃ、調べさせて貰うね。香苗さんが感じてるのか、そうじゃないのか」
 まったく信じていないという素振りの巧は、ウエスト横のホックを外して、タイトスカートを剥き取った。
「ちょっ……ちょっと待ちなさ……」
「これ、邪魔だから脱いじゃおうよ」
 抵抗する間も無くスーツも脱がされ、ブラウスにパンティーストッキング姿になった香苗は、広々とした革シートの上で小さくなる。
「あぁ……なんてことなの……」
 背中を丸めて胸と股間を手で覆い、ふとももを重ね合わせて、巧の視線を遮ろうとした。
 しかし、
「わぁ……今の香苗さんの恰好、すっごくエッチだよ」
 恥らえば恥らうほど、隠せば隠ほど、巧を喜ばせる結果になってしまった。
「ねえ、香苗さん。せっかく広いんだから、脚を伸ばしなよ」
 そう言って足首を掴むと、巧は自分の膝の上に香苗のふくらはぎを乗せた。
 香苗はドアに半分背中を凭れさせた姿勢でシートに身を横たえる。
「脚、細いよね。それにこのふくらはぎの触り心地、僕、ずっとこうして触っていたいな」
 巧は右脚のふくらはぎを両手で掴み、撫でさすりながら揉み解した。
「あっ……うぅんっ!」
 アクセル操作で凝り固まっていたところをマッサージされ、くすぐったい刺激に軽く身悶える。
「あはっ、良い声だったね。でも、僕、上手いでしょ? ママの脚もこうやってよくマッサージしてあげてたんだ」
「そ、そうなの……」
 意外にも巧は母親思いらしい。巧に疲れた脚をマッサージしてもらう母親の姿を想像して、香苗は微笑ましく思った。
 それに比べて自分はどうだろう。
 後面ガラスに写り込んだ香苗は、はしたない恰好で寝そべったまま、見知らぬ巧に脚を揉ませている。
 その姿は、親子ほども年の離れた少年を囲う、淫らな女のように見えた。
「私、なんだかあなたのお母様に申し訳無いわ」
「どうして?」
「どうしてって……あなたを轢き逃げした挙句、こんな真似までさせてしまって……」
 あの時、自分が逃げさえしなければ、こんなことにはなっていなかった筈だ。
 そう思うと、自己嫌悪で胸が塞がる思いだった。
「ママは……喜んでるんじゃないかな?」
「喜ぶ?」
 突拍子もない返事に耳を疑う。
「ママにしてあげてたのはマッサージだけじゃなかったから」
 巧はふくらはぎから足首へと撫で下ろし、踵からヒールを脱がせて、ストッキングのメッシュに覆われた足の親指を口に含んだ。
 さっき接吻を交わした唇が、仕事帰りの蒸れた足指を優しく食み、柔らかな舌先がストッキング越しに指の隙間を美味しそうに舐めていた。
 ぬるりという唾液の滑りの向うから、卑猥な弾力が敏感な皮膚に染み込んでくる。
「あっ、あうぅっ! やめて、そこは汚いわ! そんなことしては駄目!! あなたにはプライドが無いの!?」
 気持ち良さに身を捩りながらも、汚れた足を嬉々として舐める巧に、生理的な嫌悪感を覚えた。
「香苗さんの足は汚くなんてないよ。それに僕がこうすると、ママはすごく喜んでくれたんだ」
 事も無げに言われて、香苗は言葉を失った。
「あなた、まさかお母様と……」
「僕の初めての相手はママだよ」
「そ、それって……」
「俗に言う近親相姦ってやつかな。でも大丈夫、父さんには内緒だから。ぎりぎりセーフ」
「たぶんアウトだと思うわ」
 恐ろしいことに、最近は小中学生のうちに初体験を済ませる子供も多いと聞く。
 しかし、その相手が母親というのは、さすがに想像を絶していた。
「もしアウトだとしても時効だよ。ママはもういないしね」
 巧は思う存分親指をしゃぶり終えると、伸ばした舌の先でくるぶしからふくらはぎ、膝の後を通ってふとももの内側へと這い登ってくる。
 香苗は皮膚の上をナメクジに這われるような感触に身震いして叫んだ。
「あっ! あっ! ま、待って……待ちなさい! それ以上は駄目よ!!」
 両手を巧の頭に添えて押し止める。
「どうして?」
 香苗の顔を見上げて巧が訊いた。
「お願いよ。私、今日一日仕事をして汗をかいてるの。何処かでシャワーを浴びてからにして。ね、良い子だから」
 なんとかして宥めようと必死になる。
 足の指すら平気で舐める巧にかかれば、汗と恥蜜に濡れた秘唇など、ひとたまりもないだろう。
 しかし、それは香苗にとって耐え難い恥辱だった。
「僕は香苗さんのエッチな匂いが嗅ぎたいんだ。それにさっき言ったよね、感じてるのかどうか調べさせてもらうって」
 身を乗り出した巧は、香苗の股間に鼻先を強引に突っ込んだ。
「い、いやぁああっ!!」
 巧はストッキングの股部に鼻腔を押し当て、深呼吸を繰り返す。
 そのたび、ストッキングとショーツの繊維を染み通して、熱い吐息が秘唇へと吹き込まれ、下着の中で蒸れ切った性器の恥臭を余すところなく嗅がれてしまった。
「はぁ、はぁ、す、すごいや。香苗さんの匂い、強烈だよ。見かけに寄らず、体臭はきつめなんだね。それに熱気でむんむんする。こうしてると頭がぼうっとしてきちゃうよ」
 虚ろな目で巧は恍惚と呟いた。
 もっと良く匂いを嗅ごうと、左右のふとももを掴んで股を広げさせ、首を振って鼻先を股間に擦りつける。
「ち、違うわ! 今日はたまたま外回りで汗を一杯かいたからよ。それに昨日の夕飯はお肉だったし……とにかく、やめなさい! いやっ、やめてぇ……お風呂に入る前にそんなところの匂いを嗅いだら、臭いに決まってるじゃない!!」
 力いっぱい股を閉じて、必死に言い訳する香苗だったが、言い訳をすればするほど、恥を晒してしまうばかりだった。
「誰も臭いだなんて言ってないよ。香水や石鹸の匂いも良いけど、女の人は生の匂いが一番だね。それにほら……やっぱり濡れてる。ストッキングの外までぬるぬるが染み出してきてるよ。なんだかんだ言って、しっかり感じてるんだから、香苗さんもエッチだよね」
 聞くに耐えない猥褻な言葉の羅列は、今だかつて受けたことが無いほどのセクハラだった。
 頭の中に怒りと羞恥と嫌悪の入り混じった感情が溢れ出し、香苗は泣きべそをかいて怒鳴ってしまう。
「あ、あなたねぇっ!……私みたいなおばさん苛めて何が楽しいのよ!! うぅっ……」
 巧に見られまいと、泣き顔を両手で覆った。
 人前で泣くなんて久しぶりだった。
「まいったな。そんなつもりじゃなかったんだけど……」
 巧は焦った様子で股間から顔を上げると、泣かしてしまった同級生にそうするように、香苗の髪をそっと撫でつけた。
「えーと、ごめん。ちょっとやりすぎちゃったね。機嫌なおしてよ。ねっ」
 顔を覆った手を優しく取りのけ、涙に濡れた唇にキスしてくる。
 そんな誤魔化しに乗るものか、と思ってはみても、恋人にするみたいな優しいキスなんてされたら、いつまでも強情を張ってもいられなかった。
 その上、巧はどさくさに紛れて、剥き出しのまま放っておかれていた乳房へと手を伸ばしてきた。
 重量感たっぷりのバストを掌で支えながら、指先で柔らかさを確めるように優しく揉みし抱いてくる。
 巧が指先を食い込ませると、脂肪がみっちり詰まった乳房は奇妙な形に歪み、指と指の隙間から余った柔肉が零れ出す。
 行き場の無くなった血液は乳頭へと流れ込んで、乳房の先端がぴりぴりと痛んだ。
「香苗さんの胸……大きすぎてぜんぜん手に収まらないよ。それになんて柔らかいんだろう……でっかいマシュマロでも触ってるみたいだ」
 弾力を楽しもうと巧が指を蠢かすたび、熱い痺れが乳房全体を覆い尽くし、心地良い快楽の微風が身体の隅々まで吹き抜けていく。
「はぁ……あぁん……」
 自慢の乳房を愛撫され、香苗は久方ぶりに味わう女の悦びに抵抗するのも忘れて、身も心も蕩けるような恍惚のひとときを味わった。
 それを悟った巧は、乳房の先端で膨らむ乳頭を摘み、ほんの少しだけつねり上げる。
「ひぅっ!」
 一瞬、びりっと電流が走り、香苗は身体を硬直させた。
 すぐさま巧は力を抜いて、今度は指の間に挟み込み、この上ない優しさで乳首を転がした。
「あっ……ふうぅん……」
 痛みにも似た鋭い刺激から一転、甘やかな愛撫を加えられ、香苗はその落差が生み出す腰の砕けるような気持ち良さに、鼻の先から情けない声を上げてしまった。
「あぁ……すごいよ、香苗さん。もう、目がとろんとしちゃってる。そんな顔でエッチな声出されたら、僕、たまらないよ」
 巧は我慢できないといった様子で、乳首にしゃぶりついてきた。
「うっ! うっ! そ、そんなに強く吸っては駄目よ! 私、胸がすごく弱いの! そんなに強く吸われたら……腰に力が入らなくなっちゃう!!」
 遠慮無しの吸引力は、まるで生まれての赤ん坊が母乳を吸い出そうとしているようだった。
 香苗は息を呑んだまま眉間に皺を寄せて動けなくなった。
「いいんだよ。力を抜いて僕に任せて。香苗さんをとろとろに溶かしてあげるから」
 子守唄みたいにそう言うと、巧みはパンティーストッキングとショーツの中に手を滑り込ませてきた。
「い、いやっ!……そ、そこは……」
 ふと我に返って、香苗はようやく抵抗する。
 いま急所を突かれたら、きっと取り返しのつかないことになるだろう。
 盛り上ったパンティーストッキングの上から、慌てて巧の手を押える。
 忘れかけていた快楽と卑猥な雰囲気に呑まれて、なしくずしに貞操を許してしまうところだった。
「フフフッ、もう遅いよ。さっき自分で言ったじゃない。力が入らないって……」
 巧は香苗の手を振り切り、必死に重ねたふとももの隙間へと、強引に手を突っ込んできた。
 さらに再び乳頭を口に含むと、その最も敏感な先っぽを甘噛みした。
「あひいぃっ!!」
 ただでさえ脱力ぎみのところへ追い討ちを食らい、香苗はあっさり股を緩めてしまう。
 巧はすぐさま指を股座に滑り込ませると、恥毛の叢を掻き分け、ぴたりと閉じた人差し指と中指を恥丘の膨らみにあてがった。
「パンストの中、蒸れて熱気むんむんになってる。あそこの毛までぐしょ濡れだよ」
「そ、それはただの汗よ! 二人して、こんなにくっついてるんだから当たり前でしょう!!」
 言葉だけで必死の抵抗を試みた。
 乳房も秘唇も陥落し、残っているのは、まだ完全に折れてはいない心だけだった。
「ふーん、まだ認めようとしないんだ。でも、本当に汗だけなのかな? 調べてみなくちゃわからないよね」
 瀕死の獲物が抵抗する姿は、かえって狩人を喜ばせてしまうものらしい。
 巧は少年らしからぬ好色な笑みを浮かべ、香苗を屈服させるべく牙を剥いた。
「ほら、こんなことだって出来るんだよ」
 恥丘にあてがった二本指をV字形に思い切り広げ、合間に穿たれた濡唇を力づくで全開させた。
「なっ、なんてことを……」
 言い終えるより早く、胎内に溜まっていた蜜液がとろりと溢れ出した。
 熱い滴りがアヌスを濡らし、ヒップの谷間を流れ落ちてショーツに染み込んでいく。
「あっ……あぁ……」
 あまりの恥かしさに、香苗は消え入りそうな喘ぎ声を漏らしてしまう。
 四十を目の前にした人妻の身で、こんな辱めを受けては、もうお終いだと思った。
 もはやどんな抵抗も、恥の上塗りにしかならなかった。
「やっぱりね。エッチなおつゆが一杯出てきた。すごいや、香苗さんのここ、ぬるぬるになって糸引いてる。まるでお漏らししたみたいだ」
 巧は思い切り広げさせた濡唇に閉じた人差し指と中指を押しつけると、軽く離してわざと糸を轢かせ、淫蜜の粘度を楽しんでいるらしい。
 ショーツの中からくちゅくちゅといやらしい音が聞こえて、香苗は耳を塞ぎたくなった。
「や、やるなら、早く終わらせてちょうだい。こんなやり方でいたぶるなんて……あなたは卑怯よ」
「いよいよ観念したみたいだね。それでも気高く振舞うのは、香苗さんらしくて恰好いいと思う。では、お言葉に甘えて……」
 言うや否や、巧は淫裂に中指を突っ込んできた。
「うくっ……」
 蛇に下腹を食い破られるような、身の毛もよだつ挿入感に襲われる。
 指先は抉るように膣壁を弄り、刺激に反応して収縮する括約筋の締まり具合を確めているようだった。
「わぉっ……香苗さんのここ、よく締まるね。同級生の女の子みたいに、指一本でもきつきつだ」
 はしゃぐ巧はゆっくりと指を出し入れし始める。
 見るとパンティーストッキングの股間は勃起でもしたように盛り上り、もぞもぞといやらしく蠢いていた。
「くっ……うぅ……」
 羞恥と屈辱に打ちのめされ、香苗はきつく唇を噛んで顔を背ける。
 しかし、顔を背けたところで、股間から湧き起こる甘美な肉体的快楽を消せる訳ではない。
 事実、内臓が蕩けて流れ出しそうなほど、巧の指使いは気持ちよかった。
(だ、駄目よ、香苗! こんな子供の指で感じちゃ駄目。で、でも……き、気持ちいい……指だけでこんなに良いなんて……)
 ひだの奥まで擦り取るような執拗な愛撫に、快楽に飢えた肉体は早くも悲鳴をあげていた。
 香苗は身体の芯に杭を打ち込まれ、串刺しにされたみたいに腰を戦慄かせては、シートの上で快楽にのた打ち回る。
「駄目だよ。ちゃんとこっちを見てくれなきゃ」
 巧は頬に手をあて、背けた香苗の顔を自分に向き直させた。
 今度のキスは遠慮無しに舌を挿入しての、唾液を交換するような濃厚な接吻だった。
「あむっ……むむん……」
 優しく、それでいて少しだけ強引なキスに、脳が溶けてしまいそうだ。
 胎内に潜り込んだ指はいつしか二本に増えていた。
 深く挿入するたびに大きく捻りを加え、窮屈な膣を広げては、いよいよ蜜液に滑って素早い出没を繰り返す。
 空いている手は乳房を揉みし抱き、摘んだ乳頭をこりこりと弄んだ。
「うぐっ!……むぐぐぅっ!!」
 身体中に吹き荒れる快感の嵐に、堪らず喘ぎ声を上げようにも、口は隙間なく塞がれている。
 香苗はただ荒い鼻息を吹きながら、力いっぱい拳を握り締めて、くぐもった呻き声を漏らすことしかできなかった。
「ほら、だんだん腰が砕けてきた。逆に中の締まりはどんどん良くなってる。身体がイキたがってる証拠だね」
 ようやく唇を解放すると、巧はにっこり微笑みかけてくる。
 酸欠で意識朦朧の香苗に、その笑顔は憎らしいくらい愛しく思えた。
「本当はここで香苗さんの中を味わいたいんだけど、場所が狭いし、後に取って置いた方が楽しみは増すから、今は指で我慢してね」
 フロアで中腰になっている巧は、香苗の手を取り、自らの股間にあてがう。
「う、嘘……でしょう?」
 ジーンズの窮屈な生地を押し上げてテントを張ったそこは、中に大振りのバナナでも隠しているのではないかと疑いたくなるほど盛り上っていた。
 内側から突き上げる肉角は、およそ少年の物とは思えないほど力強く勃起し、香苗の手の中でびくびくと震えている。
「ママが言ってたけど、僕のは少し大きめなんだって」
 無邪気に笑う巧に対して、香苗は顔を引き攣らせた。
(な、なんて硬いの! こんなに硬いので思い切り奥を突かれたら、どんな気持ちがするのかしら?)
 逞しいペニスで膣奥をがんがん突き上げられる自分の姿を想像した。
 そこで味わうだろう、目も眩むような快感への期待に、口惜しいかな胸が高鳴ってしまう。
「そろそろ限界みたいだね。奥がひくひく痙攣し始めた」
 淫らな妄想で気が緩んだのか、香苗の肉体はオルガスムスの誘惑にあっさり負けた。
「あひぃ……ひぃ……」
 目尻から涙を流し、香苗はシートの上で繰り返し腰を突き上げながら、絶頂への階段を上っていく。
「最後はこれでお終い」
 巧はとどめとばかりに、親指でしこったクリトリスを強く弾いた。
 瞬間、眉間の奥に閃光が走る。
 股間でオルガスムスの脈動が炸裂し、灼熱の爆風が盛り上りながら肉体を隅々まで焼き尽くしていく。
(いやっ! こ、こんな……子供に指だけでイカされるなんて!! でも、もう駄目ぇっ! はあぁんっ! イクッ! イク―ッ!!)
 せめて声だけは出すまいと、唇を真一文字に結んで、オルガスムスの衝撃に耐える。
 高圧電流のような快感が身体中を駆け巡り、全身の筋肉が収縮して、信じられないほどの幸福感が湧き起こった。
(あぁ……き、気持ち……いい……)
 背筋を弓なりに反らせ、天井に向けて高々と腰を突き上げると、その頂点でぎくりぎくりと断末魔の痙攣を起こす。
 わずか数秒ではあったが、香苗は眩い光に包まれて恍惚の境地をさ迷い、やがてぐったりと崩折れてシートに沈み込んだ。
「すごく綺麗だったよ。お疲れさま」
 巧は囁いて香苗の頬にキスすると、過敏になっている秘唇への愛撫を止め、そっと乳頭を口に含んで優しく舐り始める。
「うっ……はぁっ……はぁっ……」
 果てた後も、ゆったりとした後戯を忘れない巧の心遣いに誘われて、香苗は春のそよ風に撫でられるような、心地良いオルガスムスの余韻に身を委ねた。

 小休止の後、再び走り始めたベンツは、夜の帳の下りた高速を快調にクルージングしていく。
「ねえ、これから私たちは何処へ行くの?」
 行く先も知らされず、ただ運転するのは不安だった。
 訊ねると巧は少し考えてから答えた。
「海に行こうよ」
「海って……何処の?」
「香苗さんが見たことのある海なら、何処でも良いよ」
「ずいぶんといい加減なのね」
 言いながら香苗は、かつて暮らしていた海沿いの街を思い出す。
 正直、あまり良い思い出が無かった。
 けれど、自分の目で見たことのある海はそこしかない。
「良いわ。連れて行ってあげる。でも、その前に……」
 メーターパネルの給油ランプが点灯していた。
「一度、高速を降りて給油するわ」
 香苗は静かに車線を変更した。

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