シスターコンプレックス

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第三章

 ほとんど諦めかけていた亜美との再会は唐突だった。
 期末テストの結果発表と終業日が重なったクリスマスイブ。放課後の昇降口で彼女は一人、掲示板に貼られた学年順位表を眺めていた。
 初めて見る私服は明るいブルーのエプロンドレスに薄黄色をしたコットン生地のブラウスで、小脇に抱えたコートを置いてポニーテールを解けば、ルイス・キャロルの小説にすぐにでも出られそうな格好をしていた。
 亜美を認めるなり、祐一の両足は地面に根を張ったみたいに動かなくなって、不自然と知りつつ、彼女がこちらに気がつくまで呆然と見つめ続けた。
「あっ……」
「や、やあ……久しぶり」
 中途半端に離れた距離からぎこちなく挨拶すると、下腹に力を込め、思い切って声を絞り出す。
「同じ学校だったんだね。もしかして、学年も一緒? 僕は三年なんだけど」
「いえ。私は二年生です。その……」
 亜美は小走りに近づいてきて、目の前で深くお辞儀をした。
「その節は、本当にどうもありがとうございました。助けていただいたのに、お礼も言えなくてごめんなさい」
 元気良く跳ねあがったポニーテールと反対に、すっかり申し訳なさそうな顔で彼女は謝る。
「あ、いや……そんなのぜんぜん構わないよ。とにかく無事でよかったさ。あの後、脚の具合はどうだった?」
「おかげさまで、監視員の人にマッサージしてもらったら、すぐに良くなりました」
「そっか。あれからプールで見かけなくなったから、少し心配してたんだ。もしかして水泳が嫌いになったんじゃないかって」
 それが一番の気ががりだった。あんなに頑張っていたのに、一度の失敗ですべてを投げ出してしまうのは惜しいし、何より水泳を嫌いになられては余りに悲し過ぎる。
 幸い祐一の不安を吹き飛ばすように、亜美は力強く首を振ってくれた。
「それはありません。事故は私の不注意から始まったことですから。ただ、いろいろな方にご迷惑をおかけしてしまったんで、しばらく控えようと思ったんです。それに期末テストの準備もしないといけなかったし」
 テストと言われて祐一はようやく思い出す。朝は人だかりが激しかったので、学年順位を確認していなかったのだ。
「そういえば、テストの方はどうだったの?」
「まあ、普通ですね。あなたはどうでしたか?」
「いや、まだ見てなくて。帰りがけに確認しようと思ってたんだ」
「もしかして私、お邪魔しちゃってました?」
「これから見ればいい事だよ。僕も普通だと良いんだけどね」
 自分の迂闊さに気付きもせず、足取り軽く順位表の前に立つ。
 学年順位は312人中138番で、まあ目標通りというところだった。
 問題はすぐ横に掲示されていた二年生の順位表だ。
(ん?)
 学年七位のところに樋上亜美という、知っているような知らないような、微妙な名前が載っている。もしや……、
(いやいやいや、彼女は普通って言ってたよな? 学年七位は普通じゃないだろ)
 とても気になる。
「ねえ、もしかしてきみ、樋上亜美さん?」
「どうして知ってるんですか!?」
 亜美は目を丸くした。祐一の目は白くなっていた。
(なにぬっ!?)
 意味不明の突っ込みを入れつつ、自分のネーミングセンスの的確さに酔う暇も無い。
 偶然とは言え、名前を知っていた理由は説明できないし、なにより本当の順位を言ったら、大恥をかいてしまう。
「い、いや、その……も、もし同じ順位だったら、面白いなって思ってさ。ははっ」
 苦し紛れの言い訳は、自分で自分の首を締める結果となった。
「えっ、ということは……」
 三年の順位表を上から目で追い、亜美はとある名前を口にした。
「上杉涼さん?」
「はじめまして、樋上さん」
 印南祐一は今から上杉涼になった。
「は、はじめまして、上杉さん。どうぞよろしくお願いします」
 再びぺこりと頭を下げた亜美は、運命的な偶然に目をきらきらさせていた。
(そんな目で見ないでくれっ! しかも、よりによってあいつの名前で呼ばれるとは……)
 上杉は同じクラスの悪友で、野球部のエースのくせに、美形で成績も良いという、このうえなくムカツク奴だ。
「こちらこそよろしく。でも、すごい偶然だね。お互い同じ順位なんてさ」
「ですね。なんだか、どきどきしちゃいます」
 別の意味で祐一はどきどきしていた。こんなに嘘八百を並べ立てたのは生まれて初めてだ。杏子や母親が相手なら、一発で看破されていただろう。けれど素直な亜美は、疑う素振りすら見せない。そこがまた、えらく心苦しい。
「あ、あの……実は私、上杉さんにお願いがあるのですが……」
 少しだけ俯いた亜美は、上目遣いで言いずらそうに訊いてきた。
「今度、水泳を教えてもらえませんか?」
「え、水泳を?」
「はい。いつもすごい速さで泳いでましたよね? ご存知の通り、私ってまともに泳げないから、実はずっと憧れてたんです。格好いいなぁ……って」
 飛びあがりたいくらい嬉しいのに、夢見る少女の瞳が何故か胸に痛かった。
(なんだよっ! 見栄張る必要なかったじゃないか!! どうすんだよっ!?)
 どんどん取り返しのつかない状況に落ちていく。胃に穴が空きそうだ。
「それは光栄だね。テストも終わったことだし、樋上さんの心のリハビリも兼ねて、いつでもレクチャーさせてもらうよ」
 もう止まらない。心なしか、爽やかお兄さん口調になっている自分が泣けた。
「本当ですか!? でしたら、ぜひ今日からお願いします!」
「うっ……」
 今日は平日で杏子が来る日だった。だが、何か用があるとかで、いつもより遅くなると言っていた筈だ。いけるか?
「まかせて! 水泳部で後輩の指導には慣れているから、ばっちり教えてあげるよ」
 親指を立てんばかりの勢いでスマイルする。きっと白い歯が光っていたことだろう。
「ありがとうございます! では、夜間の部が始まる時間に、プールの入り口でお待ちしてます!!」
 寒いのにコートを着るのも忘れて、亜美は昇降口を出ていった。
 弾むように歩く後姿は、初めて散歩に連れて行ってもらう子犬みたいで、とても微笑ましい。
 なのに、どうしてこんなに辛いのだろう?
「やっちまった……」
 せっかくの初デートなのに、気分は完全にダイハードだった。

「だぁっ、もう! うるせぇぞ、ババァっ!!」
 ぐだぐだと抜かす母親を一喝して家を出ると、祐一は少しだけ気が晴れた。
 成績が上がったので、以前のように泣き寝入る必要はもうない。奴は気付いていないようだが、発言権は確実に拡大しているのだ。
(っとに、ただでさえ複雑な状況なのに、これ以上イライラさせないで欲しいよ)
 久々にスカッとしてプールに向う。夜間の部は午後七時からで、なんとか十五分前には着けそうだ。
 とはいえ、真面目な亜美のことだから、もしかしたら先に来ているかもしれない。
 外はもう真っ暗で、息の白む寒さに少しだけ心配になった。
(入り口って言ってたけど、ちゃんと中で待ってるかな? あの娘、根が真っ直ぐみたいだから、平気な顔して表で待ってそうだよ)
 何だか妹を迎えに行く兄貴のような思いだった。ふわふわと危なっかしい、けれど妖精みたいに可愛い妹は、思った通り入口脇の、スロープの手すりに寄りかかって待っていた。
「こんばんわあ」
 ミルク色の息を吐きながら、頭のてっぺんから器用に声を出す。学校にいた時には着けていなかったミトンの手袋をぶんぶん振って、かなり遠くからのお出迎えだ。
 子供のように跳ねるので、背中のナップザックががさごそと鳴って、中途半端な締め方をしたファスナーの隙間から、ペパーミントグリーンのゴーグルが三分の一ほど飛び出していた。
「こんばんわ。中で待ってればよかったのに。寒いし、危ないよ。テレビや新聞は、見てるだろう?」
「テレビはアニメと天気予報、新聞は番組欄と4コマ漫画だけ見てますね」
 えへんと胸を張って力説され、祐一はつい苦笑する。
「あー……そっか。まあ、とにかく風邪とかひかないように」
「はい! 気をつけます」
 分かっているのかいないのか、亜美はにこにこ笑って返事をした。
 ハイトーンな彼女の声に、周囲を気にして軽くせき払いすると、
「じゃ、入ろうか」
 女子高生とラブホテルに入る中年親父みたいに、無理に落ち着きはらって自動ドアを潜る。しかし、開場まではまだ時間があり、ロビーのベンチに座って暖かい缶コーヒーを飲みながら暇を潰すことに。たかが缶コーヒーというなかれ。女の子にご馳走したのはこれが初めてで、(こういう場合、やはり男が出すべきだよな、うん)とか、一人で自問自答してデートの臨場感を反芻していた。
「ところで樋上さんは……」
「名前で呼んでください。私、苗字があまり好きじゃないんです。文句を言っても仕方がないけど、樋上なんて、ちょっと気取ってると思いません?」
 寄り目で前髪を悪戯しながら訊いてくる。
「別にきみのせいじゃないさ」
 苗字なんかより、よほど気取った台詞が自然と口から飛び出した。ダンディな兄貴役がいよいよ板についてきた感じだ。
「フフフッ、格好いいですよね。ひとつしか違わないのに大人の男性って感じです」
 そう言って微笑む顔が、一瞬杏子そっくりに見えた。何かを企んでいるような、それでいて無邪気な笑顔は、こちらのちょっとした心の隙間に素早く足を滑りこませる。
「ありがとう。で、亜美ちゃんは時間とか大丈夫なの? 僕なんかと違って女の子だから、お母さんは心配しない?」
 娘を見れば、母親が美人なのは間違い無い。きっと元良家のお嬢様で、今は清楚な有閑マダムといったところだろう。
「ぜんっぜん! ママはですね、俗に言うところの気ままな女なんです」
 パールピンクの唇を尖らせ亜美は言う。
「今日だって、せっかくのイブなのに帰って来ないんですよ。仕事が忙しいのはわかるけれど、あんまりです」
 なるほど。一人で家に居たくなくて、それで今日からと言ったわけだ。
「お母さんは何の仕事をしてるの?」
「それは……」
 珍しく言いよどむ姿に、祐一は思い切り地雷を踏んだ気分だった。
「それはですね。俗に言うところの水商売です」
 わざわざ同じ言い回しで動揺を隠すほど、母親の仕事を気にしているらしい。
 年頃の女の子にありがちな潔癖だろうか?
「水商売だって、立派な仕事だと思うよ」
「私もそう思います。けどママの場合、それが原因でパパと別れちゃったのに……」
 そう言った後ではっとすると、缶コーヒーをベンチに置いて両手を膝の上に重ね、亜美は慌てて謝った。
「ごめんなさい。嫌な話しちゃって。私からお願いして来てもらったのに……」
「かまわないさ。僕こそ、余計なことを訊いて悪かったね」
 すかした慰めの言葉をかけながら、愚鈍な自分がほとほと嫌になる。
「あの、もしかしてご迷惑だったんじゃありません? 上杉さんこそ、何かご予定があったんじゃ……」
 他人の名で呼ばれ、更に現実に引き戻された。浮かれ気分にすっかり忘れていたが、状況はなにひとつ好転していないのだ。安い見栄がここまで高くつくとは痛恨の極みだった。ちなみに本物は、学年のアイドルである冴木美貴の家で、おしゃれなホームパーティーとやらに出席するとか抜かしていやがった。こうなったら、奴に対抗して徹底的にやってやる。
「いや、さっぱりだね。だから今日は、亜美ちゃんに誘ってもらえて、本当に嬉しかったよ」
「そうなんだぁ。えへへ、お互い寂しい者同士なわけですね」
 何がそんなに嬉しいのか、ふんふん、と鼻を鳴らして亜美は喜ぶ。まあ、何とか窮地を乗り切れて良かったのだが、どうにも調子が狂う。
『開場時間となりました。ご入場を希望される方は、入場券をお買い上げのうえ、受付までお持ち下さい』
 絶妙のタイミングで係員の声が聞こえてきた。空になった缶をくずかごに放り込み、祐一はゆっくりと立ち上がる。
「さ、行こうか……」
「はいっ! あ、そうだ」
 残っていたコーヒーをぐいと飲み干し、
「どうも、ごちそうさまでした」
 亜美は丁寧にお礼を言った。
「入場券は自分で買いますから、ご心配なく」
 女子高生らしい浮いたところがあるかと思えば、要所要所ではとても礼儀正しい。
 つくつぐわからない娘だと思った。もちろん、決して嫌な気分ではない。
「どういたしまして。ちょっと残念だけど、仕方が無いね」
「私、思うんです。世の中、やっぱり間違ってるって」
「?」
「ごちそうになっておいて、こんなこと言うのもなんですけど、デートとかするとき、男の人が払わないといけないっていう風潮、よくないと思います」
 亜美の口からデートと言われて心が浮ついた。やはり彼女もそう思ってくれているのか、とつい期待してしまう。
「だって、それじゃただのお荷物じゃないですか。人間と人間の関係はお互い基本的に独立独歩で、困ったときは助け合う。そういう感じじゃないと上手く行かない気がします。特に男と女の場合は、元が他人同士なんですから」
 素晴らしい意見だ。男に高い物を買わせるのがステータス、などと考えているクラスの女子に聞かせてやりたい。
 それはそうと、彼女は本当に高校生なのか? なんだか、人生の機微を知っている、完成された女性と話している錯覚にときおり陥る。
 亜美の言う、気ままな母親が反面教師となっているのは間違いないが、それだけでこうはなるまい。ジグソーパズルの最後のピースが、まだ欠けている。そんな不安を祐一は感じた。
「そうだね。あとは、いかにそれを自然に実行するかがみそだよね。正しい関係と親しい間柄はきっと違うものだろうから」
 とても自分の言葉とは思えなかった。亜美に引き込まれて役にはまり、台本に書かれた台詞を読んでいるみたいだ。
「うーん……やっぱり、敵いませんねぇ」
 券売機に硬貨を投入しながら、亜美は大きく頷いた。
「私なんて、まだまだお子様ランチ……ですね」
 振り向く瞳は眩しげで、この上なく過大評価されている状況に、またやっちまった、と祐一は目を逸らすしかなかった。

 人気のない寒々とした更衣室で、黙々と競泳パンツに着替える祐一は、早くも疲労困ぱいしていた。
(これからずっと彼女を騙し続けていくのか? それに、もしバレたらどうなる?)
 初めてのデートにただでさえ緊張しているのに、他人を演じながら亜美の複雑な家庭環境にまで配慮しなければならない。もはや綱渡りを通り越して、命綱無しのバンジージャンプに近かった。
 ずっと憧れていた亜美と堂々と泳げるようになったのだから、本来であれば喜ばしい筈で、けれども今の祐一に興奮している余裕はまったくない。
「よしっ、とにかくぼろを出さないようにしなきゃな」
 洗面台の鏡に語りかけ、自分に気合を入れると、コインロッカーに鍵をかけてフロアへと下りていった。
 亜美の姿はまだなく、先にシャワーと腰洗いを済ませてプールサイドで準備運動に入る。プールはほとんど貸し切り状態で、今日がクリスマスイブだったと、今更ながらに実感した。
「知ってました? 今日は今年最後の解放日なんですよ」
 背後から話しかけられ、ああなるほど、と思って振り返ると、知らない少女が立っていた。面食らって祐一は黙り込んでしまう。
「どうしたんですか?」
「あっ、いや……水着を……新調したんだね。一瞬、誰だかわからなかったよ。確かそれ……」
 シャワーを浴びて、濡れ髪を下ろした亜美はぐっと大人っぽく見え、それだけでも驚きなのに、身につけていたのは見慣れたウェアではなく、スポーツメーカーが発売したばかりのニューモデルだった。
 オリンピックの金メダリストが使用していたフラッグシップモデルで、デザインの際どさはこれまでとは比べ物にならない。
「あ、やっぱり気が付きました? さすが元水泳部ですね。これ、出たばかりの新型なんです。前の水着、少し小さくなってたし、溺れてあやがついたから、思い切って買ったんです」
 亜美は平気な顔で説明するが、祐一は目のやり場に困ってしまった。このままだと、彼女の目の前で勃起してしまいそうで、気が気ではない。
「た、高かったろう?」
 仕方なく、間抜けな質問で必死に誤魔化す。
「そりゃもう。でもうちの家、お小遣いだけは沢山くれるんで、何とかなりました。本当は年明けから使う予定だったんですけど、上杉さんに見てもらおうと思って卸しちゃいました。どうです、これなら速く泳げそうでしょう?」
 堂々と言われて言葉に詰まった。なんて可愛い奴なのだ。
「ああ、よく似合ってる。格好いいよ」
「やったぁっ! ありがとうございます。男の人から誉めてもらったの初めてだから、すごく嬉しいです」
 腰の後ろに手を組んで恥かしそうに笑い、亜美は前回のお詫びとお礼を言いに監視員室へ向った。
 祐一がすばやく中をチェックすると、幸い今日は全員が女性で、プール自体が空いていたのも幸運だった。亜美の水着姿を他の男なんかに見せてたまるものか。
「さて、お礼参りも終わりましたし、そろそろ始めていただけますか? 上杉先輩」
「せ、先輩っ!?」
「水泳部の後輩はきっと上杉さんをそう呼んでた筈ですよね? 私、部活とか苦手で一度も入ったことないんですけど、でも密かに憧れていたんです。駄目ですか? 先輩って呼んじゃ?」
 小首を傾げてそう言われてはもう負けだった。というか、断る理由など何一つ見つからない。部活を引退して以来、久しく耳にしなかった呼び声に一時動揺はしたが、亜美みたいな後輩ならいつでも大歓迎だ。
「いいや、亜美ちゃんの好きなように呼んでくれて構わないよ」
「後輩にちゃんなどいりません」
「へ?」
「後輩に」
 亜美はゆっくりと繰り返す。
「ちゃんなどいりません」
 どうやら言う通りにしないと、返事をして貰えないらしい。
「あ、亜美?」
「なんでしょう?」
 にこにこ微笑む亜美のペースに、祐一は否応無く巻きこまれていく。
「今日は自由遊泳コースでみっちり練習する。僕は先に入って待ってるから、しっかり準備運動を済ませてくるように」
「はい、先輩!」
 現役の時ですら後輩への指示は苦手だったのに、相手が亜美では輪をかけて手を焼きそうだった。
 祐一がプールに下りて水温に身体を慣らしていると、プールサイドの亜美は言いつけ通り準備運動を始める。すらりとした両脚をそろえて伸びやかに屈伸し、股を割っての伸脚運動だってお構い無しだ。
 プールエンドに寄りかかって腕を組み、ゴーグルをおろして観察する祐一は、あまりの無防備さに見ていてハラハラした。
(おいおい、もう高校生なんだぜ。そんなに無頓着じゃまずいだろ)
 つい突っ込みを入れながらも、目は決して逸らさない。
 以前より食い込みの増したクロッチのおかげで、恥丘の膨らみは強調されている。
 周囲の筋肉が収縮してふとももの付け根に深いくぼみができ、刻まれた陰影も手伝って、開脚のたびに股間が大きく盛り上がって見えた。
 前の水着がきつくなったと言っていたが、それを裏付けるように胸の張りもほんの少しだけ大きくなったように見え、競泳水着に必須のニプレスは存在自体知らないようで、紺色をした乳房の先っぽに、野苺ほどの小さな突起が元気良く尖っていた。
「もうちょっとだけ、待ってくださいね」
 亜美はそう言って、下ろした髪を再びポニーテールにまとめはじめる。
 他の女性客は面度くさがって髪を解かずにシャワーを浴びたり、もしくは入場前のシャワーそのものをキャンセルする人も多い。
「前も見たことあるけど、シャワーの時にはちゃんと髪を解くんだね」
「ええ。髪についたごみとか抜け毛を落さないといけませんから」
「えらいね」
「いいえ、当たり前のことです。だからシャワーを浴びずに入ってくる人を見ると、少し頭にきたりします」
 念入りにスイミングキャップを被りながら、小さな唇をむっとへの字型に曲げる。
 意思の強そうな眉は何かを思い出したようにやや上がり、何処かで見た覚えのある怜悧な瞳は、やがてゴーグルに隠れても、しばらくは怒って見えた。
(こりゃ、怒らせた奴はきっとえらい目に遭うな……)
 他人事ではない。シャワーを浴びずにプールに入っただけであの怒りようなのだ。
 泳いでる最中に、背後から覗き見しているのがバレたりしたら……、
(寒っ!)
 季節を考慮したかなり高めの水温にも関わらず、祐一は湯冷めでもしたみたいに、ブルッと両肩を震わせた。
「どうしたんですか?」
 気がつくと、スロープを下りた亜美がすぐ横に立っている。
「べ、別に……な、なんでもないよ。じゃ、じゃあ、始めようか」
 ゴーグルをしていて本当によかった。亜美でなく目を泳がせてどうする。
「やっぱりあれかい? ブレスト……じゃなかった。平泳ぎがいいの?」
 動揺から専門用語も飛び出し、しどろもどろで訊いてみる。思い返すと、彼女が他の泳法で泳いでいるのを見た覚えが無かった。
「はいっ。ブレストでお願いします」
 どうやら気に入ったらしい。わざわざ鸚鵡返しで答えてくる。
「取り敢えずクロールは出来るんです。息継ぎが下手ですけど。後はどうしても平泳ぎを覚えたくて」
「わかった。フォームをチェックしたいから、一度泳いでもらえる?」
「了解です」
 にっこり笑って敬礼し、壁際に寄って準備する。
「いきますっ!」
 急に真剣な顔になって亜美はスタートした。もしかしたら、溺れたときのことを思い出して、自分を戒めたのかもしれない。
 それほどの気合も残念ながら結果にはつながらず、相変わらずさっぱりな泳ぎに、よほど歩いた方が速そうだ。
 実際、しばらくの間、祐一は横について歩き、水面からフォームをチェックした。
 完全に沈んだまま、息継ぎの時だけ頭が浮上してくる。せっかくの長い手足も、スレンダーな身体も、すべてが無駄な抵抗となって前進を妨げていた。
(うーむ、水面から見てもつまらないな……)
 さっきまでの恐れはどこへやら、指導という目的をさっさと忘れて、祐一はばた足に切り替える。そして、今までにない真横からのアングルは、ボディラインを堪能するのに最適であると知った。
 亜美の身体は尺取虫のように伸縮し、実に多彩なフォルムを見せてくれる。
 膝を引き寄せるたびに腹筋がきつく引き絞られ、曲がった背骨の凹凸が薄い水着の上に浮き出した。逆にキックの際には全身が反り返り、白い腋の下から乳房の先端へと続く少女らしい稜線や、平坦な下腹部から不自然に盛りあがった恥丘の膨らみに目を奪われた。
(亜美のあそこって、思ったよりもずっと出っ張ってるんだなぁ。なんだか丸っこくて、ハムスターみたいだ)
 丸い毛玉のような小動物が、股布の中に潜り込み、もぞもぞと蠢く様子を想像して、鼻の下が伸びてしまう。恥毛に守られていない無防備な桜桃色のスリットを、鼻先でくんくんされたりしたら、亜美はどんな声を挙げるのだろう。その向うにある赤茶けたもうひとつの窪みまで舐められたりしたら……。
 まだ見ぬ秘裂やアヌスの姿を求め、際限無く加速していく妄想に、いつしか股間はがちがちになっていた。水中なのでバレることはないが、プールサイドで監視員に見られたら、それこそ通報されてもおかしくない遠慮の無さだ。
 競泳パンツに締めつけられ、先っぽに痛みを感じていると、ようやく亜美は二十五メートルを泳ぎ切り、プールの底に足を着いた。
「ぷはっ! はあ、はあ……」
 彼女にとってはかなりの運動だったようで、さっそく肩で息をしている。
 祐一は股間を思い切り膨らましたまま、労いの声をかけた。
「おつかれさま。今日は無事に泳ぎ切れたね」
「は、はいっ。疲れてなければどうにかなるんです。あの時は、ちょっと無理し過ぎでした」
「やっぱり、周泳コースで泳ぎたかったんだ?」
「あそこを普通に泳げれば、一人前って思います。私にできますか?」
「もちろん。その為に僕がいるんだから。今ので大体問題点が分かったから、さっそく練習に入ろう。これから言う通りにやってみて」
 そう言うと後ろを向くように指示を出し、プールエンドを掴ませた。
「まずはキックを教えるよ。足を片方ずつ、僕に渡して」
「こうですか?」
 素直に持ち上げられた足くびを祐一は何食わぬ顔で掴みつつ、その実、初めて亜美の身体に触れた感動に打ち震えていた。
(やったっ! 亜美の足だ。足くび凄い細いよ! 肌もつるつるだぁっ!!)
 一人で祭りを始めてしまった。
「あのう?」
 亜美が不思議そうに振り向く。
「はっ!? よ、よし。こんな風に最初はつま先を伸ばして踝同士をくっつけるんだ!」
 レクチャーにも、足くびを掴む手にも力が入った。
「この状態から真っ直ぐ膝を胸に引きつけてごらん。いいかい? 横に逃がさず、真っ直ぐにだよ」
「は、はいっ!」
 亜美の足がぐいっと力強く引っ張られ、代わりに尻が目一杯突き出された。
 小さなヒップに競泳水着が深々と食い込み、すぐ目の前に張り詰めた肉の丘が晒される。しかもその中心には、申しわけ程度の内張りを通して、薄っすらと割れ目の影が見えるではないか。
 今にも鼻血が吹き出そうだった。生きてて本当に良かった。
「こ、この時、こんな風に踵をしっかりとお尻につける」
 あくまで指導を装って、踵を尻に押し付ける。圧迫で尻は凹み、柔らかくもしなやかな弾力で押し返してくる。
「そして、足の甲を返して、つま先は外側に向ける。ちょうど足の裏でハの字を描くようにね」
「こんな感じですか?」
 すっかり従順な生徒となった亜美は、自分のあられもない格好を気にもせず、懸命に言いつけを守ろうとした。恐らくカエルを模して考案されただろう平泳ぎに相応しく、亜美の下半身は足を縮めたカエルにそっくりだった。
「そう、そんな感じ。いいよぉ」
 モデルを脱がすカメラマンのような台詞を吐きながら仕上げに入る。
「後はそのまま思い切り真後ろに蹴る。横にじゃなく真後ろに。足の裏で水を蹴っ飛ばすんだ」
 教えるや否や、小さな尻に力が入り、腰まわりの筋肉が隆起して勢い良く足が蹴られた。肘を曲げて受け流しつつ手を離し、猥褻ぎりぎりのレクチャーを締め括った。
「で、最初と同じ位置に戻る、と。わかったかな?」
「はい、よくわかりました。なるほど……これが正しい足の動きなんですねぇ……」
 感嘆の溜息とともに亜美は納得した。
「後ろから見ててあげるから、今度は自分一人でやってごらん。何度も繰り返して、正しいフォームを身体で覚えるんだ」
 祐一は小学生の頃に通っていたスイミングスクールの、女性コーチの言葉を思い出す。初めて平泳ぎを教わった時の記憶が、こんな形で役に立つとは思わなかった。
 尻を浮き沈みさせて亜美はキックの練習に没頭し、祐一は偉そうに腕組みして、その現実離れした光景を存分に味わった。
「次は上半身の練習をしよう。足に比べればずっと簡単だから心配しなくて良いよ」
 今度は前から向き合って、息継ぎを指導する。ゴーグルを着けているとはいえ、顔は見えているので滅多な表情は出せない。
「キックを打って蹴伸びの状態から、両脇の水を胸の下に掻き込み、その反動で顔を上げて口から息を吸う。この時、手は胸の前で合掌してる」
 見つめる亜美を前に、立ったまま実践して見せた。
「そのまま蹴伸びに戻りつつ、鼻からゆっくり息を吐く」
 この呼吸の手順が意外と馬鹿にならない。泳げない人の中には息継ぎが上手く出来ず、水を飲んだり吸い込んだりして、焦って溺れてしまうパターンが多いから。
「動作そのものは簡単だよね? でも、平泳ぎで一番重要なのは、手と足、それに息継ぎのタイミングなんだ。基本的にはキック二回、水掻き二回に対して息継ぎは一回。ターン、ターン、プハッ。ターン、ターン、プハッ、って感じ」
「え、そうなんですか!?」
「キックを打つたびに息継ぎしたって構わないんだけど、それじゃなかなか前に進まないからね。まあ、基本ってことで覚えておいて、後は好みで調節すればいい。さあ、やってごらん」
「はいっ!」
 亜美はキックを打つ代わりに、足踏みをしながら教えたタイミングで水を掻き、息継ぎをする。とても飲み込みが早く、面白いように泳ぎを覚えていく。これが人に物を教える快感なのかもしれない。
「ようし、いい感じだ。今度は実際に泳いでみよう」
 ぱんっとひとつ手拍子を打って、実践を促した。周囲に人がいないのを良い事に、乗り乗りで教えていた。
「先にキックを打つんだよ。でないと推力が足らなくて息継ぎが難しくなるからね」
 注意をよく聞き、泳ぎ始めた亜美のフォームは基本をきっちりと抑え、教えた祐一もびっくりするほど綺麗になっていた。
「OK、OK。そのまま向うまで泳いじゃおう!」
 水中でも聞こえるように少し大きな声で言うと、真後ろから平泳ぎで着いていく。
 格段にスピードアップした亜美の身体は、水面すれすれを飛び石のように弾みながら、気持ちよく進んでいった。
 力強いキックがスムースに繰り返され、膝の引きつけが鋭さを増した分、股布の食い込みもまた激しくなっていた。
(あ、あそこが……開いたり閉じたりしてる……)
 股間の中心に深い皺が刻まれ、左右に割れた恥丘は唇のようにぱくぱくと開閉する。
 可愛いヒップが上下動しながらダイナミックに躍動し、薄く筋肉のついたふとももやふくらはぎは、鞭のようにしなって水を蹴飛ばした。
 亜美の足が生み出す強力な水流を顔面に受けながら、祐一はひとり恍惚となる。
(こんなに堂々と覗けるなんて夢にも思わなかったなぁ。そういえば、クリスマスイブにこうして僕なんかと泳いでるんだから、彼氏なんていないはずだ。ということは……亜美はまだ処女!?)
 今更、驚くまでもない。可愛い娘には必ず男がいて、当然セックスもしている。
 まったく根拠もなしに、そう思いこんでいたのは童貞ゆえの偏見だった。
 亜美と話していればよくわかる。まだ大人ではないが、もう子供でもない。
 女へと変わっていく過程で、少女がほんの一瞬だけ放つ強烈な光。男の欲情を掻き立てるような危うさを身にまといながらも、どこか少年の雰囲気を持つ彼女には、女性としての生臭さがないのだ。
 全身から女を感じさせる杏子をビーナスとするならば、亜美はきっとアルテミスなのだろう。
 しかし、だからといって性欲を抱かないかといえば、それはありえない。
 純潔な存在を汚したいという欲求は、きっと男の根本的な部分に根ざした、本能みたいなものなのかもしれない。
 いよいよ確信を得た祐一は、まだ男を知らない無垢な腰つきを凝視して激しく股間を勃起させ、亜美の処女を奪うのは自分であるという、決意にも似た興奮を胸に熱く焼き付けるのだった。
 その後、場所を周泳コースに移し、終了時間近くまで練習を繰り返した。
 フォームが改善されて余計な力を使わなくなったせいか、前回のようにコース途中で頓挫することは一度もなかった。二十五メートルを泳ぎ切るたびに短い休憩を入れたのも、功を奏したのだろう。
 もちろん、祐一はすぐ後ろからついていき、コースロープを潜る際には、隣のコースへと先に移り、壁に寄り掛かって休憩している亜美の股間を毎度横から鑑賞した。
 手を伸ばせば簡単に触れる距離で、恥丘の膨らみに張りついたクロッチの、繊維の目まで見えるほどだった。
「そろそろ上がろうか。ずいぶん泳いで疲れたろう?」
 亜美の泳ぎにやや疲れが見え始め、祐一は練習の終了を促した。最初からあまり無理をさせても仕方がないと思った。
「そうですね。もう時間も無いですし。このへんで終りにしましょう」
 本当はまだ泳ぎ足りなそうだったが、前回の失態を教訓に亜美はけじめをきっちりつけた。
「よし、じゃあ上がろう」
 勃起した下半身を見られまいと、祐一は先にプールから上がり目洗いまで歩く。
 プールサイドに他の客はおらず、監視員たちも粘ること無く退場する二人を見て、どこかしら喜んでいる様子だった。
「あの、ご指導ありがとうございました!」
 ゴーグルを外した亜美は、ゴムの跡に目の回りを赤くして言った。
 レンズを通さず久しぶりに目が会い、なんだか急に恥かしくなる。
「いーえ、よく出来ました。またいつでもどうぞ」
 二人並んで目を洗い、軽くシャワーを浴びて、更衣室へと続く階段を上る。
 プールに響く終了の音楽は遠ざかり、暖房の効きが弱くなって少し肌寒かった。
「それじゃ、ロビーで落ち合おう。ゆっくりでいいからね」
「フフッ、ありがとうございます。でも、余りお待たせしないように頑張りますね」
 そう言って亜美は女子更衣室に入っていく。揺れるピンク色のカーテンをしばし見つめながら、祐一は後からついていきたいと思った。
 やがて、はぁ、と残念の溜息を吐いて男子更衣室に入る。誰一人いない室内を見て、頭の中に何かが閃くが、それが何かすぐには気付かず、いつものようにシャワーブースに入り、蛇口に手をかけたところでふと思い至った。
(あれ? もしかして、女子の方も亜美一人?)
 考えてはいけないことだった。けれど、男なら一度くらいは女子更衣室を覗く夢を見るのではないか?
(今なら、亜美の着替えを覗けるかもしれない)
 悪魔の囁きが耳元で聞こえた。幸か不幸か少し早目に上がったので、更衣室の清掃までにはまだ時間がある。そう思った瞬間、祐一は忍び足で通路を渡り、女子更衣室のカーテンに近づいていた。
 壁には(覗きに注意!)という、張り紙が張られている。
 いつもなら気にもしないが、好奇心の中に残ったわずかな罪悪感を刺激されて、股間が縮みあがるような緊張を覚えた。
(迷うな。中途半端が一番危ない)
 こんな時ばかり思い切りがよくなる。冷静に自分を勇気づけながら、意を決してカーテンの隙間を恐る恐る覗いてみた。
 しかし、更衣室に亜美の姿はなく、一つだけカーテンの閉じたシャワーブースから水音が聞こえる。
 やや拍子抜けも、千載一遇のチャンスという判断が同時に働き、咄嗟に祐一は更衣室に踏み込んでしまった。
 急ぎ足で隣のシャワーブースに入り、音を発てずにカーテンを引く。ぐっと近づいた水音とそれに混じって聞こえる鼻歌に心臓が破裂しそうだ。
(女の子って、シャワー浴びる時はやっぱり水着脱ぐはずだよな? じゃないとシャワーの意味無いもんな!?)
 窮屈な水着を脱皮するように脱いで全裸になった亜美が、気持ち良さそうにシャワーを浴びる姿が、ありありと浮かんで堪らなくなる。
 すでに祐一の水着も窮屈になっており、危険を承知で紐を解くと、競泳パンツを下ろして反り返ったペニスを引っ張り出した。
(はあ、はあ……ああ、僕、いま凄いことしてる。女子更衣室のそれも亜美のすぐ隣でオナニーしているんだ……)
 泳いだ後にするいつもの自慰行為とは、興奮の度合いが桁違いだった。
 その上、プールで指導していた時の記憶まで脳裏によみがえり、祐一は夢中でペニスをしごきたてる。
「あ、亜美っ……亜美……」
 うわごとのように囁きながら壁に耳をしっかりと押し当て、まるで潜水艦のソナーマンのように、亜美の一挙手一投足に耳をそばだてた。すると、
「あっ……はぁん……」
 ほんのかすかではあったが、切なげな声がはっきり聞こえた。
(ま、まさか……)
 ありえない妄想が一気に広がる。もし予想が正しければ、壁を一枚隔てて亜美もまた自分を慰めていることになる。真偽を確かめようと、祐一はさらに耳を澄ました。
「はあ、はあ……せ、せんぱい、ごめんなさい。お待たせしてるのにこんな……ああっ、わ、私……本当はすごくえっちな娘なんです。ゆ、許して……ください」
 シャワーの向うから聞える、ちゅくちゅく、という卑猥な液音に、ふとももの間でうねる幾本もの指を想像した。
 白魚のような指は、繊細な愛撫で赤く腫れあがったクリトリスを爪弾くと、やがて、しっかり口唇を閉じた桜桃色の割れ目におずおずと潜りこんでいく。
「先輩に後ろから見られてると思うと身体がすごく熱くなって、泳いでる間もずっと、脚を閉じる度にあそこがじゅんって言うんです。さっき水着を脱いでみたらやっぱりぬるぬるになってて、いけないってわかってるのに我慢できなくて、こんな……こんなこと……ああっ、いやぁっ、もう……いっ……ちゃう……うっ!」
 口に手をあてて堪えているのか、くぐもっていた声がとつぜん途切れた。そして、
「くはぁっ……あうぅ……はぁ、はぁ……」
 苦しそうな吐息が繰り返され、祐一は亜美がオルガスムスを迎えたと知る。
(亜美……イッたんだ。自分の指であそこをいじって、イッちゃったんだ!)
 その様子を見ていないとは言え、好きな女の子がオナニーで果てる瞬間に居合わせたのだから強烈だ。
 無意識にしごき続けていたペニスが手の中で跳ねあがり、快感に痺れた腰にがくんがくんと大きな痙攣が走った。
(あ……出る……)
 高まり切った興奮に、祐一はあっさり射精した。いつもの倍はあろうかという、多量の白濁液が断続的に放たれ、タイルで出来た側壁を汚していく。
 射精量に比例した快感は身も心も蕩けるほどで、歯を食い縛って必死に耐えなければ、その場に膝から落ちてしまいそうだった。
 それからしばらくの間、亜美はシャワーを浴び続けた。もしかしたら淫蜜に濡れた秘裂を丹念に洗っていたのかもしれない。
 祐一は状況が落ちつくのを待って、亜美がブースを出ると同時に蛇口をひねる。
 たったいまプールから上がってきた女性客を装い、時間を稼ぐつもりだった。
 少し驚いたようにブースの前で立ち止まると、亜美は恥かしそうにいそいそと離れていった。
 すぐにコインロッカーを開ける音がして着替えが始まる。祐一はシャワーを出しっ放しにしたまま、カーテンの隙間よりこっそり覗き見る。
(おおっ!)
 亜美はバスタオルで身体を拭いている最中だった。生まれたままの姿で身体についた水滴を拭っていく。真っ白な首筋からか細い腕、つるつるの腋の下を通って、控えめな乳房へ。
(わぁ……小さ目だけど、形の良い可愛いおっぱいしてるなぁ……)
 掌サイズの乳房は程よく膨らみ、苺色の乳頭をつんと真正面に向けていた。
 バスタオルで撫でるたびにぷにゅっと凹んで、ふわふわしたマシュマロみたいな弾力を想像させる。すぐ下に連なるお腹はぺったんこでウエストは細くくびれているが、骨盤の膨らみが小さいせいか、まだ女性らしいボディラインにはなっておらず、総じてスレンダーで、凹凸の少ない少女の体つきをしていた。
 見られているとは露知らず、亜美は少しふとももを開いて、女の子の大事な場所を拭き始める。
(えっ!? 無い! 毛が……無い!!)
 祐一は叫びそうになった。丹念に拭かれている股間には恥毛の影も見当たらない。
 赤ちゃんみたいにピンク色をしたスリットはやや下つきで、腰を曲げて股間を持ち上げては、しきりバスタオルを押し当て、胎内に入った水を吸い出している。
 不恰好ながらも、この上なく無防備で卑猥なその姿に、祐一は頭がくらくらした。
(見えた……僕は亜美のおまんこを見たんだ……)
 先ほど出したばかりだというのに、気がつくとペニスは再び勃起していた。
 もう一度、抜いておきたい。そんな衝動に駆られる。
 そうしている間に、亜美は下着を着け始めた。ソフトグリーンのコットンの上下で、パンツのお尻にはコミカルな猫が貼り付いている。
(止めておこう。危ないし、何より亜美を待たせるわけにはいかない)
 これ以上は無謀と本能的に悟って我慢し、ペニスを仕舞って、撤退の準備に入る。
 手早く衣服を身につけた亜美はロッカーの向うに消え、備え付けのドライヤーで髪を乾かし始めた。その隙に祐一はシャワーブースを抜け出し、男子更衣室へと脱兎のように逃げ帰った。

「やっぱり、お待たせしちゃいましたね。ごめんなさい」
 ロビーに現れた亜美は、何食わぬ顔で謝った。その無防備な笑顔に、更衣室での艶かしい喘ぎ声はあまりに不釣り合いで、もしかしたら夢でも見ていたのか、と祐一は自分を疑った。
「いや、僕もいま出てきたところだから」
 ほとんどタッチの差だった。覗きで失ったタイムを取り戻す為に、実は今、競泳パンツを穿いたままなのだ。
 生暖かい湿った感触を我慢して、そのままロビーを出る。
「今日は本当にありがとうございました。まさか、たった一日でこんなに泳げるようになるなんて、思ってもみませんでした。これも先輩のおかげです」
 確かな上達の手応えに浮かれ、亜美は今にも踊り出さんばかりだった。
「どういたしまして。覚えがあまりに早いから、僕も教えてて楽しかったよ。年明けまで練習できないのは残念だけど、今日の感覚を忘れないようにね」
「はいっ! 毎日、復習して絶対に忘れないようにします。で、それはそうと……」
 亜美は急に改まる。
「元旦とかお暇ですか? って、受験生の先輩になに言ってるんでしょうね、私」
 何かを言い出しかねているようで、珍しく照れ隠しをした。
「もし暇だったら?」
「えっと……いっしょに初詣に行きませんか?」
 心持ち顎を引いて小首を傾げ、上目遣いで訊いてくる。餌をねだる子猫のようなポーズは、どんな願い事でも、うっかり叶えてあげたくなるから不思議だ。
「前は危ないところを助けていただいて、今日は泳ぎを教えてもらって、何だかお世話になりっぱなしで心苦しいです。でも、お礼なんて何もできないし、だからせめて、合格祈願をさせてください。もちろん、私なんかがお祈りしなくたって、先輩は余裕で合格できると思いますけど……」
 最後にきっちりと持ち上げられ、祐一は自分の置かれた立場をようやく思い出した。
 いったい何処まで嘘を吐き通せるのか? 猛烈な不安に駆られつつ、でも、初詣はどうしても行きたい。
「そ、そんなことないよ。亜美に祈ってもらえれば百人力さ。別にお礼なんていいけれど、元旦は一緒に初詣に行こう」
「本当ですか!?」
 亜美は軽く飛び跳ねて、ミトンの拳をやったぁっ、と前に突き出した。
「そんなに喜ぶことかい?」
「だって久しぶりなんです。誰かと初詣いくの。昔は家族揃って毎年行ってたんですけど、パパとママが離婚してからは、いつも一人だったから」
「一人で初詣?」
「はい」
 けろりと答える亜美に、祐一は泣きそうになる。
「よしっ。今年は二人だから大丈夫だ。僕の為にばっちり祈ってくれ」
 何がどう大丈夫なのか知らないが、このまま彼女を放っておいたら、男じゃないと思った。
「任せといてください! お守りだって作っちゃいますよ!!」
 ガッツポーズを作って約束を交わし、亜美はスキップしながら帰っていく。
 と思ったら、急に立ち止まって、くるりとこちらを振り向いた。
「忘れてましたぁ! メリークリスマース!!」
 手でメガホンを作った亜美は遠くから精一杯叫び、ミトンの手をぶんぶん振りながら宵闇に消えた。
 家まで送ると言ったのに、彼女は遠慮して、どうしても訊き入れてくれなかった。
 もしかしたら帰っているかもしれない母親に、きっと会わせたくなかったのだろう。
 屈託の無い笑顔の向うに、見え隠れする不幸の影が、祐一の幸福な気分に一滴の水をさした。

「何か言い訳はある? あれば先に聞いておいてあげるわ」
 年内最後の授業に訪れた杏子は、開口一番にそう言った。どうやら前日は定時まで部屋で待っていてくれたらしい。
 なのに、亜美とのデートに没頭して、すっかり忘れていた祐一は、家に帰るなり、鬼の形相をした母親に怒鳴りつけられて、ようやく思い出す体たらくだった。
 その時から怒られるのは覚悟していたが、意外にも杏子はにっこり笑って玄関に現れ、今なお微笑を崩していない。よほど母親のように、怒鳴ってくれた方が気が楽だった。
「特に……ありません」
「そう。なら、罰を受けても文句ないわね?」
 満面の笑みで楽しげに訊かれても、答えようはひとつしかない。いったい、どんな罰が与えられるのか、想像もつかないまま祐一は答えた。
「はい……ないです」
「素直な返事は大変けっこう。でも、その前にまず聞かせてちょうだい。昨日、私の授業をすっぽかしてまで、何処で何をしていたの?」
「そ、それは……」
「それは?」
「プライベートな問題ということで」
「死にたい?」
 ぶるぶるぶるっ!!
「じゃ、話して」
「プールで女の子とデートをしていました!」
 頬杖をついた杏子にドスを効かされ、祐一はあっさり口を割った。
「女の子って、彼女はいないんじゃなかったかしら?」
 切れ長の目がやや険しくなってくる。
「いえ、彼女ってわけじゃなく、その……泳ぎを教えて欲しいと頼まれて、つい……」
「私を放ったらかしにして、プールでいちゃついてた……と。思ったよりも根性あるじゃない?」
「それほどでは」
「誉めてないわ」
「はい……」
 冗談で押し通そうとしたが失敗した。完全に針のむしろだった。
「ま、可愛い女の子に頼まれちゃ、断れない……か。祐くんも男の子だものね」
 少しがっかりしたように溜息を吐いた杏子の、微かな心情の変化に期待して続きを待つ。
「きっとその娘、同い年か年下よね? ってことは、二十歳過ぎたおばさんの出番はもう終りかな? 成績も最初に立てた目標にあと少しのところまできているし」
 予想外の方向に話が進んで祐一は焦った。
「ちょ、ちょっと待ってくださいっ! まさか、家庭教師をやめるなんて言うんじゃ……」
「そんな無責任なこと誰も言ってないわ。ただ、もう私がご褒美をあげる必要はないのかもしれないって、そういう話。それとも祐くん。私とその娘に二股かけるつもり?」
「う……」
「まさか、その娘と相思相愛になるまで、私をキープしておきたいとか?」
「うう……」
「出会った頃の少年の目をした祐くんは、もうここにはいないのね……」
 いったいこの女は何処までが本気なのだろう? 杏子の作り出した場の雰囲気に、何やら作為的なものを感じながらも、恋人の不実を責めるような目で見つめられて、祐一はつい口走ってしまった。
「な、なんだか不思議な気分なんですよね。先生を格好いい姉さんとすれば、彼女は可愛い妹って感じで。僕は一人っ子だから、急に姉妹ができたみたいで嬉しくて。正直、どうしていいかわからないんです。勝手な言い分に聞こえるかもしれませんが、二人ともそばにいてもらいたい、そう思ってしまうんです」
 言い終わってから、ああそうだったのか、と自分でも思った。杏子と亜美、何処となくよく似た二人にそれぞれ姉と妹という役柄を割り振り、紅ならぬ白一点の状況を楽しんでいたのかもしれない。
「姉妹……ね。ちなみにその娘は私に似てるの?」
 祐一は黙って頷いた。
「そう……なら、いいわ。許してあげる」
 一瞬、遠い昔を思い出すような目をしたかと思うと、杏子はフッと微笑んだ。
「は?」
「もし私に似ているなら、きっと綺麗な娘に決まってる。妹だから浮気にもならない。私が姉っていうのは微妙なところだけど、そう悪い気分でもないし、今日はこのへんで手を打っておくわ」
 絶体絶命のピンチを切り抜け、祐一はぐったりと肩を落す。これで関係は元通り、ああ、本当によかった、なんて甘いことを考えかけた矢先、
「後はお仕置きすればよし……と」
 天国から地獄に落とされた。
「ええっ!!」
「何を驚いているの? まさか、このまま無罪放免になるとでも?」
「だ、だって、いま許すって……」
「確かに言ったわ。けれど、罰を与えないとは?」
「……言ってません」
「さっき、罰を受けても文句ないと言ったわよね?」
「……言いました」
「AnyQuestion?」
「No,Sir!」
「Good!!」
 誉められてもぜんぜん嬉しくなかった。

 杏子は前日に渡すつもりだったと言って、クリスマスプレゼントをくれた。
 それは、亜美が新調した水着と同ブランドの競泳パンツだった。
「ほら、猫背にならないの! ちゃんと気を付けしなさい!!」
 普段は胸ポケットに差したまま使うことのない、折りたたみ式の指示棒をぴしゃりと鳴らして杏子は言った。これまた普段は使わない厚縁眼鏡をわざわざ装備した為、どこからどう見てもスパルタ鬼教師にしか見えない。
「こ、これが罰なんですか!?」
「そうよ。水泳の大好きな祐くんにぴったりでしょう? 私のプレゼントは気に入ってもらえたかしら?」
 にやりと唇を歪ませ、指示棒の先で何度も股間を撫でる。
「ひぇっ!」
 緊張と恥かしさで勃起しかかっていたペニスは、くすぐったい感触に過敏に反応し、競泳パンツの中でどんどん硬さを増していく。
(だ、だめだ、我慢しなきゃ! もし勃ってるのがバレたらえらい目に遭うぞ!!)
 懸命に自分を叱咤しても、腰の砕けそうな快感が絶え間無く背筋を這い登り、麻酔でも打たれたみたいに、痺れた脳みそが意志に反して股間へと血流を集中させる。
「あら、前が膨らんできたわ。いったいどうしたのかしら。フフフッ、もしかして興奮してる?」
 わざとらしく腕を組んで考え込むと、今度は股下に指示棒を通してゆっくり前後に擦り上げた。
「あっ、ああっ!」
 睾丸からアヌスにかけてのデリケートな部分に、キャップの縁が引っかかって祐一は目を白黒させる。
「いつ聴いても良い声ね。思わず潤んでしまうわ。でも、部屋でパンツ一丁にさせられて感じるなんて、祐くんもとんだ変態ね。きっとあれでしょう? 例の女の子に泳ぎを教えながら、プールの中でも硬くしてたんでしょう? まさか……最初はそれがきっかけだったとか?」
「そ、そんなことありませんっ!」
 ジャストミートで図星を突かれ、間髪入れずに反論してしまう。それが、自白となんら変わらないと気付きもしないで。
「平泳ぎとかしている彼女の後ろを追いかけて、あそこをじとーって覗いてたのね?それじゃ痴漢と変わらないじゃないの。少しは恥を知りなさい」
 恐らく半分は本気だろう。物静かではあったが、顔色の変わった杏子の口調はかなり厳しかった。
 そして、祐一はようやく気がつく。自分が亜美にしていたことは、いつぞやぶん殴った大学生連中が、列車内で中学生にしていたことと何も変わらないと。
「僕……ぼく……」
 急に恐くなって足が震え出した。さっきまでとはまったく違う恥かしさ、亜美や杏子に対する申し訳なさに、その場から逃げ出したくなる。
 でも、逃げる場所なんてどこにもなかった。仮にあったとしても、犯した罪が消えるわけではないのだ。
「ベッドに四つん這いになりなさい。私が責任を持って矯正してあげる」
 まるで看守に命令される受刑者の気分だった。抗うまでもなく自らベッドに上がり、犬のように四足を着くと、静かに杏子が近づいて腰の上に片手を添える。凍えるように冷たい掌が無性に悲しかった。
「さすが元水泳部。私好みのマッチョな身体ね。これなら良い音しそう」
「お、音?」
「今からしばらくの間、きみを人間でなく動物として扱うわ。動物をしつけるのに、調教師は昔も今も鞭を使うのよ」
 言うなり杏子は指示棒を振るった。
 空気を裂く嫌な音に続いて、剃刀で深く切り付けられたような痛みが尻に伝わる。
「ひぃっ!!」
 渾身の力で目を見開き、歯を食い縛って祐一は耐えた。
 二度、三度、四度。鋭利なスイングは恐ろしく正確に繰り返され、痛覚が麻痺して痛みは鈍い震動と熱に変わる。そうして十回の鞭が振り下ろされた後、室内は耳鳴りのしそうな静寂に包まれた。
 口を開けば嗚咽が漏れ、目を閉じれば涙が溢れてしまう。余りの惨めさに祐一は微動だに出来なかった。
 やがて、黙ったまま指示棒を畳んだ杏子は、ベッドに腰を下ろす。
 添えられた手がそっと尻にあてがわれると、背筋に電撃が走って、弾かれたように祐一は全身を震わせた。
「痛かったわね。でも、もう終わったわ」
 子供を叱った後の母親みたいに、杏子は優しい声で言う。
 とたんに堪え切れなくなって涙が零れ、張り詰めた息と一緒に嗚咽を吐き出した。
「思い切り泣いて悔やんで、そして忘れてしまいなさい。事実を忘れても悔恨は胸に残るはず。それさえ覚えていれば、同じ過ちを犯さないで済むと思うわ」
「か、彼女には……どうすれば……」
「そうね。本人に直接謝るのもひとつの手だとは思うけれど、今回の場合は相手を困惑させるだけで自己満足に終わりそうな気がする。だからこそ、僭越ながら私が罰を与えたわけで、世の中には知らぬが仏ってこともあるんじゃない?」
 それは練達したカウンセラーのような語り口だった。杏子と話していると、自分はまだまだ子供であるとつぐつぐ思い知らされる。
「はいっ」
 なんとか声を絞り出して、祐一ははっきりと返事をした。今は情けない限りだが、いつか彼女みたいな格好いい大人になりたかった。
「わかればよし。さて、ちゃんと悔い改めた子羊には、鞭の後で飴をあげなきゃね。ちょっと分かりやす過ぎるかしら?」
 答えを待たずに微笑んで、杏子は競泳パンツの紐を解き始めた。
「あ、あのっ、な、何を……」
「だ・か・ら、飴をあげるの。甘くて甘くて、舌……じゃなく腰の蕩ける飴をね」
 股の間からウインクされ、赤面して気付いた時には、滞り無く膝までパンツを下げられていた。隠す暇も無かった。
「お尻、真っ赤になってるわ。思い切り叩いたものね」
 指示棒の当たった部分を労わるように、そっと指先で撫であげる。
「やっぱり、前もしぼんでる。まあ、当然か。あんな目に遭ってまだ元気だったら、間違いなく本物のマゾだもの。でも、心配しないで。高校生には真似できない大人のテクニックで、今まで味わったことのない快感をきみにあげる」
 だらしなく垂れ下がった一物に隠れて顔は見えず、舌なめずりする紅い唇だけが笑っていた。
(ああっ、恥かしいっ! もし僕の視線に気付いていたら、亜美もこんな思いをしていたんだ。僕はいったい何てことを……)
(大人のテクニック)を想像するより先に、肛門をそっくり覗かれている羞恥が祐一の心を支配した。
 杏子は気を使って忘れろと言ってくれたが、人間の頭はそんなに都合良くできてはいない。パソコンのハードディスクを消去するのとはわけが違うのだ。
 全身の毛が逆立ち、首の後ろが一気に熱くなっていく。無駄を承知でアヌスをきつく収縮させ、見せてはいけない不浄の部分を少しでも隠そうと努力した。
「恥かしい?」
「は、はい……」
 決して下は見ず、壁を凝視したまま答える。
「その気持ち、忘れないでね。恥かしいのは男も女も一緒よ」
 欲望を前に忘れていたごく当たり前の事実を、祐一はいまさら思い出した。
 やがて、ペニスに伸びると予想した手は尻を観音開きにし、熱いぬめりが裂け目を滑る。
「ひゃあっ!!」
 アヌスのすぐ上を舌先で舐められ、たまらず声が出た。あわてて尻を引こうとしても、両手にがっちりと捕まえられて叶わない。杏子の予告は見事に的中し、一瞬で蕩けた腰が今にも砕けそうだった。
「や、やだっ……先生だめっ……そ、そこは……汚いから……」
「唾液で消毒してあげるから平気」
「そこはいやぁ……」
 訴える声にも力は入らず、そうしている間にゆったりと上下にストロークした舌が、最も敏感な蕾の中心めがけてつるりと落ちた。
「あひぃっ!!」
 自分の声に男としての尊厳をあっさり打ち砕かれる。まるで力ずくで男に犯され、処女を散らす少女の気分だった。
「ぼ、僕……だめになっちゃうよぉ……」
 知らないうちに半べそをかいていた。涙と鼻水で顔はもうぐしゃぐしゃだ。
「ほんとう? ほんとうにだめになっちゃうの? 直くんのお尻、ひくんひくんってこんなに悦んでるのに……。知ってるでしょう? ご両親は外出なさってていないわ。好きなだけ声を出して構わないのよ。今だけ女の子になったつもりで、もっともっと素直になりなさい」
 鼻にかかった甘い声が催眠術のように頭の中に木霊した。朦朧とした意識にうっとりまぶたを閉じれば、股間に生えた角がずるりと抜け落ち、下から真新しい月が顔を出す。
「フフフッ、その調子よ。だんだんゆるくなってきたわ。もう舌じゃ満足できないでしょう? こんどは指をあげようね」
 ぱちりと音が鳴って、杏子の中指から長い付け爪が外れた。丸くなった指先から根元まで、ピンク色をしたスキンに被われていく様子を祐一は感慨深く見つめる。
(ああ……あの指で僕は処女を失うんだ……)
 不思議と恐くはなかった。初めてのとき、女の子もこんな感じなのだろうか?
「さあ、もっと力を抜いて。始めはちょっと苦しいかもしれないけど、優しくしてあげるから大丈夫。ほら、先っぽが入った。私の唾液と直くんの腸液でもうぬるぬる。これなら指なんて簡単に呑みこんじゃうわ」
 頭をアヌスに埋めた指は、直腸の壁を慎重に広げながら螺旋を描いて入ってくる。
 内臓に触れられる感覚に軽い眩暈と吐き気を催すも、それを遥かに上回る快感に声のトーンが上がってしまう。
「あ……あ……おぉぅ……」
 深呼吸を繰り返しながら全身の筋肉を弛緩させ、杏子の指をより深く受け入れようと無意識に努めていた。
 その甲斐あって、間も無く掌がぴったり尻に密着し、スキンを被った細く長い指は、根元まですっぽりとアヌスに沈んだ。
「無事にぜんぶ入ったわよ。気分はどう?」
「な……内臓が……ぜんぶ……でちゃいそう……」
 すべての神経をアヌスに集中し、閉じない口端から涎を垂らして返事を吐き出す。
 腰から下はすっかり痺れて感覚が無くなり、脊髄の生理作用が反射的に快感を脳に送り続けている感じだった。
「でも、気持ち良いでしょう? 見てごらんなさい。祐くんのおちんちん、触ってもいないのにどうなってるの?」
 処女と同時に失った筈のペニスはとうぜん股間に存在し、四つん這いの姿勢にも関わらず、しっかりと顎を指し示していた。
 先端の割れ口から薄く濁った粘液が真っ直ぐに滴り、シーツに大きな染みを作っている。かすかなアヌスの脈動にも同調して上下に首を振り、いつ射精しても可笑しくなさそうに見えた。
「も、もう……ゆるしてください。頭がおかしくなっちゃう……」
 恥も外聞もなく祐一は哀願する。そうでもして絶頂を与えてもらわなければ、今にも気がふれてしまいそうだ。快感に恐怖を感じるなど、初めての経験だった。
「そうね。あんまりお預けが過ぎるのもよくないわね。なんせ今日はお初だものね。いいわ、もうお仕舞いにしましょう。でも、最後にさわりだけレクチャーさせてね。これから先、もっと気持よくなれるように……」
 優しい微笑が悪魔の微笑みにも見える。その一方、もはや限界と思える現在より、もっと気持ち良くなれるのかと思うと、心臓が爆発しそうだった。
「わかる? 指の先が当たってるところ。ほら、こりこりしてるでしょう?」
「あっ! ああんっ!!」
 軽く撫でられただけなのに、目の前が一瞬、真っ白になった。
 即座に身体は射精運動に入るも、杏子の指に尿道をせき止められ、すんでのところで踏み止まる。
「ちょっときつかったかしら? 指がちぎれそう。でも、すごかったんじゃない?」
「い、今のは!?」
「フフフッ、男の子の一番弱いところ。ここを責められたらどんな男もイチコロよ。慣れるまでに少し時間がかかるけれど、じきに虜になるわ。それこそ自分から泣いておねだりすくらいにね。実は前に付き合ってた彼氏がそうだったの。祐くんもそうなるように、じっくり教育してあげる。さあ、ここまで良く頑張ったわ。白目を剥いて失神しちゃいなさい!」
 にやりと笑って、杏子は指に力を込めた。
 ズキンッ、という衝撃が股間を貫通して、脳が粉々に砕けてしまいそうな快感が、頭蓋骨の中で炸裂した。
「ひいぃっ!!」
 絶頂を告げる余裕すらなかった。ただ、意味不明の嬌声を上げ、全身を突き抜ける射精感に身を任せるほかない。
 レーザーのように射出された精の熱線はしたたかに顎を焼き、祐一は杏子に言われた通り、白目を剥いてベッドに昏倒した。
 激しく痙攣する身体を他人事のように感じながら、吐精に続いた放尿のひどく爽快感に満ちた悦楽の中で意識を失い、祐一はそのまま深い眠りの縁へと真っ直ぐに吸い込まれていくのだった。

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