通い妻 真夏の夜の夢

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第一夜

 縁側から吹き込むぬるい夜風は、居間を渡って台所へと抜けていく。
 軒先に吊るした風鈴が凛と鳴って、真夏の夜はとても静かだ。
「詩乃さんが家へ来てくれるようになってから、今日でちょうど三年だね」
 台所で後片付けをする詩乃に話しかけると、エプロンにひっつめ髪の背中は動きを止めた。
「もう……そんなになりますか」
 頬に手を充て、遠い昔を懐かしむように、ふっと呟く。
 詩乃が家政婦としてやって来たのは、中学三年の夏休みの事だった。
 受験勉強の息抜きにと、親子三人でドライブへ出かけた帰り道。
 一瞬のうちに両親を失い、たった一人、生き延びてしまった、あの夏。
 茹だるような暑い日の昼下がりに、がらんとした家の玄関を開けて、現れた優しい微笑みを、洋介は今でも憶えている。
「叔父さんに付き添われてさ。僕、父さんと母さんが帰ってきたかと思ったよ」
「洋介さん……」
 詩乃の瞳が痛ましげにこちらを見つめた。
「だから、すごく感謝してるんだ。詩乃さんがいてくれたから頑張れたし、高校にも合格できた。もしも一人ぼっちだったら、僕はどうなっていたのかな?」
 恐らくは叔父の家に引き取られるか、何処かの施設に入れられていただろう。
 少なくとも、失ってしまった家庭の温もりを、取り戻すなんて出来なかった筈だ。
「毎日うちへ来てくれて、ありがとう。いろいろと迷惑をかけるかもしれないけれど、これからもずっと、よろしくね」
 喉からそれだけ絞り出すと、洋介は気恥ずかしくなって居間を後にした。
 
 浴室で檜の風呂椅子に座り、桶に貯めた湯を何度も被りながら後悔する。
(どうしてあんなこと、言ったんだろう。余計な気を使わせるばかりなのに)
 ただ、お礼を言いたかったのだ。洋介は自分を情けなく思った。男である自分は、いつも笑っていなければならない。
 詩乃が日々、通ってきてくれるのは他でもない、その為なのだから。
「洋介さん」
 突然、曇りガラスの向うから声が聞こえた。
「お背中、流させてください」
 返事も訊かずにガラス戸を開け、詩乃は静々と風呂場に入ってくる。
「し、詩乃さんっ」
 緊張に身を硬くした洋介は、鏡に映った姿を一瞥して目を見開く。
 パステルピンクのバスタオルを胸に巻き、手拭片手に詩乃が立っていた。
 肌蹴ることのないよう、胸元はしっかり結ばれていたが、裾の丈はやや短く、膝の上、10センチほどまでしか届いていない。
 僅かに覗ける生のふとももは、むっちりとした肉感で艶やかな肌に張りを保ち、スラリと伸びたふくらはぎの細さをいっそう際立たせる。
 バスタオル一枚を巻いた程度で、バストやヒップの豊満な膨らみは隠しようもなく、今年で三十八になるとは思えない、コーラ瓶を連想させる完璧なボディラインは、柔布の上からでも充分に堪能できた。
「お背中、流させてください」
 目を伏せたまま、もう一度そう言い、詩乃は背後に跪く。
 濡れた背中に掌が添えられ、温もりがじんわり染みてくる。
 洋介はぶるりとひとつ身震いをして、背筋を伸ばした。
「広い背中……すっかり御立派になられて」
 肌に吸い付いた柔らかい指先は、慈しむように筋肉を撫でる。
「あっ……」
 甘やかなくすぐったさに、身体の芯はぐにゃりと蕩け、洋介の唇から声が漏れた。
「こちらにお邪魔した日を、憶えていて下さってありがとう御座います。これは感謝の印です。今日までお世話になりました。この先も末永く、お傍に置いて下さい」
 詩乃は囁いて脇に廻ると、揃えた膝をタイルについた。
 途端にバスタオルの裾はずり上がり、生白いふとももが半分ほども露になる。
(あぁっ……詩乃さんのふとももが、ふとももがこんなに近くに……)
 洋介の動揺を余所に、詩乃は桶に湯を張り、手拭いを浸けてゆすぎ始める。
 か細い首筋や剥き出しになった肩の白さがやけに眩しかった。
 けれど、横目でおっかなびっくり舐め下ろす胸元は、ここぞという場所からバスタオルで隠されてしまう。
 それでいて、小ぶりのメロンが二つ入っていると言われても頷ける、いかにも重そうな乳房の膨らみ加減だけは、はっきりと分かるのだから悩ましい。
「ほんの少し、待って下さいね」
 そう言って詩乃は、しっかり閉じたふとももの上に、二つ折りにした手拭を敷いて、せっせと石鹸で擦り始めた。
 綺麗な翼型の鎖骨が音も無く羽ばたき、ひと擦りするたび、バスタオルのむこうで揺れる乳房は、皿に落としたプリンのよう。
 滑らかな餅肌はじっとりと汗をかき始め、上気してうっすら桃色に染まっていく。
(なんて綺麗なんだろう……小さい頃に見た、母さんみたいだ)
 詩乃の美貌に思わずうっとり。懐かしくも、照れ臭い記憶が蘇る。
 かつて洋介は母親と風呂に入るのを日課にしていた。もちろん、小学校低学年までの話である。
 思い出すのは、湯煙に溶けた白い肌と聖母のような笑顔。
 その日あった取るに足らない出来事を、さも大袈裟に、飽くことなく繰り返し話した、楽しい時間。
(あの頃みたいに、詩乃さんの裸も見られたらなぁ)
 隠された裸身を想像しながら、眩い詩乃の姿をまじまじと見つめる。
 いつもエプロンの上から眺めている乳房は、思っていた以上にボリュームがあり、バスタオルの結び目は今にも弾けそうになっていた。
 ひょうたんみたいにくびれたウエストは、ほど好く引き締まった腹筋を連想させ、その細さをさらに強調するように、大きく隆起した骨盤の膨らみは、タオル越しにもはっきりと見て取れる。
(何もかもが、男とは違うんだ)
 骨格から肉付きまで、すべてが異なる生身の女性を、洋介はまざまざと思い知った。
 そうしている間も、詩乃は軽い前屈みのまま、ゆっくりと舟を漕ぐ。
 見えない小波に揺られてウエストはくねり、ヒップは突き出される。
 踵のめり込んで扁平した桃尻は、はちきれんばかりにバスタオルを張り、沈んでは浮き上がる上半身と共に生き物のように蠢いていた。
(わぁ……詩乃さんのお尻、大きくて柔らかそう)
 洋介は詩乃の尻が大好きだった。
 台所で料理をする後姿と、鼻歌に釣られて左右に揺れるスカートの尻は、腹を空かせて支度を待つ間のささやかな楽しみ。
 そして今は、普段、垣間見ることさえ叶わないふとももまで、ゆっくり鑑賞できる。
 乳白色のふとももには染み一つ無く、産毛すら見えない肌の表面はつるりとして、もぎたての果物みたいに瑞々しい。
 石鹸に混じって漂う、脳みその溶け出すような詩乃の匂いに誘われて、見るだけでなく、つい触ってみたくなる。
(こんなの残酷だよ。すぐ目の前に詩乃さんのお尻やふとももがあるっていうのに)
 間近でさんざん見せつけておきながら、お触りは駄目という生殺しの状況に地団駄を踏みそうになった。
 そんな洋介の心を嘲笑うかのように、バスタオルの裾は少しずつ少しずつ、思わせぶりにずり上がっていく。
 しかも、手拭を泡立てるのに忙しい詩乃は、どうやら気がついていない。
(も、もう少し……もう少しで……)
 視線を悟られぬよう、ちらちらと股間の暗がりを覗く目はすっかり血走っていた。
 そして……、
(見えたっ)
 ほんの一瞬ではあったが、黒い影が確かに目に飛び込んできた。
 ふっくらとした恥丘に萌える、柔らかな若草の影である。
 全身の血は瞬時に沸き返り、魂を吸い取られたように意識は遠退く。
 くらくらと揺れる頭の軸をどうにか立て直し、詩乃の股間を凝視したまま唾を飲み込もうとするも、渇き切った喉からはゴクリと音も出ない。
 すると、ようやく視線に気付いたのか、詩乃は少し慌てた様子でバスタオルの裾を伸ばした。
 洋介は洋介で、覗いていたのがバレたのではないかと、こちらも慌てて目を逸らす。
 逸らすには逸らしたものの、片手で裾を抑えたまま、窘めるような、困ったような、ひどく気まずそうな顔をする詩乃に、心臓はばくばくと嫌な音を発てていた。
(やっぱりバレちゃったかぁ……なんて言い訳しよう)
 などと必死に思案をしていたら、そうではなかった。
 頬を赤らめ、何かを訴えるように流し目を送ってくる詩乃の意図するところ。
 それを悟って洋介は愕然とする。
「うあっ」
 詩乃の艶姿に見惚れるあまり、自分もまた、裸であると忘れていたのだ。
 恐る恐る見下ろすと、案の定、弓なりに反った若い肉角がこれでもかと力強く屹立している。
 今まさに勃起しているペニスを間近で見られてしまった。
 それは洋介が詩乃の肉体に欲情した確かな証拠であり、言い訳無用のこの状況に、身体は完全に硬直する。
 息を荒げまいと静かに深呼吸しながら、洋介はふとももを閉じて隠そうとする。
 しかし、ペニスは腹に密着しそうなほど反り返っており、とても隠せそうにない。
 手を使えばそれも可能だったろうが、かえって醜態を晒す気がして、結局、股間の惨劇はそのままに、ただまっすぐ前を向き、小刻みに震える唇を噛み締めるばかり。
「では、失礼します」
 さすがに詩乃は大人だった。平静を装って背後に戻り、事も無げに、石鹸を吸った手拭で背中を擦り始める。
 ぬるりという生々しい感触を伴って、手拭は筋肉の表面を軽やかに滑った。
 背骨の窪みに沿ってゆっくり往復を繰り返し、白い手は大切な宝物を磨くかのように、洋介の身体を清めていく。
 久しく途絶えていた他者とのスキンシップに、すっかり敏感になった皮膚は手拭の摩擦を愛撫と錯覚して、全身に鳥肌を立てた。
 詩乃の手がほんの少し動いただけで、心地良い微電流が身体の芯を真っ直ぐに貫き、その度に目の前は真っ白になる。
 背骨の蕩けるようなお清めは、首筋から肩、肩から腋の下へ迷わず進み、腋の下を拭われた時には、くすぐったさとあまりの気持ち良さに、辛抱堪らず声が出てしまう。
「あっ、あうぅっ」
 洋介は顔から火を吹きそうだった。只でさえ精神的に追い詰められているところへ、男でありながら、AVなどで痴態を晒す、女優も顔負けの喘ぎ声を上げてしまった。
 すぐにでも風呂場から逃げ出したい。けれども、それは出来ない。俯いたまま羞恥に耐える。すると、
「お気になさらないで下さい。これは一夜限りの夢。明日になれば、洋介さんも私も、すっかり忘れていますから」
 首筋の思わずぞくりとなる囁きが、湯気混じりの湿った空気に乗って、耳の奥に甘く木霊した。
 手拭は休まず背中を滑り降り、丹念に腰を撫でつける。
 下半身に触れられた驚きに、へその下あたりがぶるりと震え、股間はひどく落ちつかない。
(このまま握ってくれないかな……)
 不埒な願望が一瞬、頭をもたげるや、それを知ってか知らずか、
「前も失礼します」
 詩乃の手は何気なく腋を擦り抜け、そのまま腹へとまわり込む。
 同時にふくよかな膨らみが二つ、泡塗れの背中に押し当てられ、バスタオルを隔てて、乳房は吸い付くように密着した。
 初めて経験する卑猥な弾力に呼吸は止まり、洋介の心臓はもう少しで口から飛び出すところだった。
 身体の小さな詩乃は、ひとまわり大きい洋介に半ば抱きつく格好となり、乳房だけでなく、柔らかな女体が丸ごと背後から圧し掛かってくる。
 まるで猫に乗られたような可愛らしい重みと、素肌に染み入るやさしい温もりは、洋介の自制心を簡単に溶かしてしまう。
「線は細いのに、意外と逞しい胸。さすがは男の子ですね」
 詩乃は静かにそう言って胸板を拭った。
 乳首を擦られ、洋介は再び喘ぎ声を上げそうになる。
 頬を撫でつける、ほんのり甘い吐息に驚いて鏡を覗くと、肩越しに目が合ってしまい、少しだけはにかんだ、少女のような微笑に、かっと赤面して下を向いた。
 恐らく見えてはいないのだろう。手探りで蠢く手拭は胸のあたりで器用に円を描いている。
 そのつど背中は乳房と擦れ合い、にちゃにちゃと粘りつくような音を発てた。
 ふかふかの柔肉は自在に形を変え、吸いついては離れ、離れてはまた吸いつく。
 詩乃は慣れない手つきで四苦八苦しているだけなのに、思わせぶりに転がりながら、乳頭をこすりつける乳房の様子は、まるで初めて獲る客を篭絡せんとする淫婦のそれだった。
 耳元に吹きつけられる吐息はだんだんと熱を帯び、途切れ途切れの呼吸の合間には、喘ぎとも呻きとも取れる、艶かしい掠れ声が聞こえてくる。
 バスタオル越しに背中をくすぐる、硬くしこった二つの肉粒に洋介はいよいよ確信した。
(詩乃さんも感じてるっ)
 溢れる歓喜に浮き足立った次の瞬間、信じ難いことが起きた。
 詩乃の手に握られた手拭が、洋介のペニスを包み込んだのだ。
「し、詩乃さんっ……」
「何もおっしゃらないで下さい。こうなったのは私のせいですから」
 他の部位を洗うのと寸分変わらぬ手つきで、詩乃はペニスを清め始める。
 充分に泡立った手拭は、濡れた女性器を思わせる卑猥な滑り具合でペニスを摩擦し、白魚のような十本の指はやさしく手拭を絞って、きゅっ、きゅっと小気味良く尿道をしごき上げた。
「うぅっ」
 ぬめる粘膜にまとわりつかれ、雌牛の乳を搾るような手つきで射精を促される快感に洋介は呻く。
 腰の両脇から生えた詩乃の手が、自分の意志とは無関係にペニスを愛撫している。
 背後から抱き締められ、ペニスをしごかれている自分の姿に、洋介は羞恥混じりの恍惚を感じた。
「ぼ、僕……こんなの恥ずかしいよ」
「大丈夫。これは私たち、二人だけの秘め事なんですから。他の誰も見ていません。もちろん、人に話してはいけませんよ」
 言いながら、詩乃は徐々にピストン運動を速めていく。
 泡に塗れたペニスが手拭に擦られて悲鳴を上げる。
 勢い良く滑り降りる詩乃の手に包皮を剥き下ろされ、刺激に慣れていない亀頭は、剥き出しになったまま手拭と擦れ合った。
「あっ、あっ、こ、擦れるぅっ」
 痛いほどの快感が電撃となって全身を駆け巡リ、身体の内側から微細な針のように皮膚を突き刺した。
 筒状になった手拭の先から、規則正しく顔を覗かせる亀頭は充血して膨らみ、ひくひく痙攣しながら、今にも白濁液を吹き上げそうになっている。
「お願いだよ、詩乃さん。どうせなら手拭越しじゃなく、詩乃さんの手でじかにして欲しい」
 もうやけくそだった。きっと調子に乗っていると呆れられるだろう。
 それでも、心の叫びは抑えられない。
「洋介さん。それは……」
 案の定、困ったように言葉を詰まらせて、詩乃は手を止めてしまう。
 そして、しばしの沈黙。
(ああっ、もう何もかも、お終いだ)
 せっかくの夢のひとときを、あろうことか自分でぶち壊してしまった。
 手拭越しであっても充分有り難いのに、それだけでは満足せず、詩乃の好意を踏み躙ったのだから、弁明の余地は無い。
 洋介は自分の愚かさに絶望した。
 しかし、永遠にも思われた沈黙の果て、手拭は綺麗に折り畳まれ、湯桶の中に沈められた。
 次いで、細くて長い十本の指が、おずおずとペニスに絡みついてくる。
「そろそろ……こういう経験をしても良いお年頃かもしれませんね」
 詩乃は自分に言い訳するようにそう呟いた。
 それは洋介の行き過ぎたリクエストに応えんとする決意の表明。
 途端に詩乃の身体から発する、女の匂いが濃くなった気がした。
 鏡越しに見つめる表情は、一点非の打ち所の無い家政婦として、母親代わりに世話を焼いてくれる、家庭的な女性のものではない。
 未だ窺い知らぬ、詩乃のもうひとつの顔を、洋介は垣間見た気がした。
 絡みついた指は、それぞれ亀頭のくびれと肉茎の根元を優しく締めつける。
 硬さを確めるように指の腹を馴染ませ、親指の先で亀頭の表面に泡を擦り込んだ。
「ひぅっ」
 綺麗な李色の粘膜はまだまだ未熟で、ほんの少し刺激されただけでも、痛いくらいに感じてしまう。
 薄皮を剥き取られるような、ぴりぴりと痺れる鋭い性感にペニスを貫かれ、蛇のように蠢く指に合わせて、ぎくり、ぎくりと洋介は背筋をえび反らせた。
「こんなに硬くなさって……もうすっかり、大人になられているんですね。でもほら、ここはまだ、すごく敏感」
 詩乃は嬉しそうに言うと、根元をおさえた指で包皮を引っ張り、最も敏感な部分を剥き出しにする。
 傘を開いた茸の突端、そのすぐ裏側に親指と中指で作ったリングを嵌め込み、軽く締めつけながら左右に回して、ピンク色の粘膜を擦り上げる。
「あっ、あっ、あっ、そ、そこっ、そこはやめてっ、そこは弱いからっ」
 自分でも耳を疑う台詞が唇を突いた。
 強すぎる刺激に、鋭利な刃物で亀頭を切り取られたような錯覚を覚え、洋介は目を剥く。
 古い言葉で雁首と呼ばれる部分は、神経過敏でくすぐったい為、普段はなるべく触れないようにしている。
 そこを容赦無く責めたてられ、身をよじった洋介は、危うく悶絶しそうになった。
「ここは一番汚れの溜まりやすい所ですし、あまり敏感過ぎますと、ガールフレンドとなさる時に恥をかいてしまいます。今のうちに慣らしておいた方が良いかと……」
 洋介の初体験が上手くいくかどうか、詩乃は心配で心配で仕方が無いといった様子。
 親指の腹を使って亀頭のくびれを掃除しながら、人差し指で尿道口を軽く押し広げ、優しくマッサージしてくれる。
 もう一方の手は根元までしっかりと包皮を剥き下ろし、射精を促すように緩やかなピストン運動を繰り返す。
「うっ」
 早漏気味の洋介があっさりイキそうになると、指のリングで根元をそっと締めつけ、噴き出そうとする精液を堰き止めてくれた。
「まだ終わってはいけませんよ。せっかくですから、練習しておきましょう。お尻の穴をぎゅっと窄めて御覧なさい。少しは我慢できる筈です」
 耳の奥に魔法の呪文を吹き込まれた洋介は、言われた通り力いっぱい尻の穴を窄め、ふやけたダンボール箱の中で、ずぶ濡れになった仔犬のようにぶるぶると震えた。
「そう、そう。良く出来ました」
 鏡の中でにっこりと微笑み、嬉しそうに頷く詩乃は、足元まで無事に辿りついた、よちよち歩きの子供をあやす保母さんみたい。
 これは飽くまで、いつか来るであろう、初体験に向けてのレクチャーというわけだ。
 女っ気の無い洋介にとって、このレクチャーが役に立つのは随分先の事に思われる。
 それに出来るなら、初めての相手は詩乃が良かった。
 クラスメイトを思い浮かべてみると、確かに可愛い子は幾人かいたが、十七歳という年齢では詩乃のような包容力など望むべくも無い。
 洋介は同世代の女子に興味を持てなかった。
 なまじ母親との仲が良すぎた影響もあろう。なにせ恋人同士と間違われたことも、一度や二度ではなかったのだから。
 物心ついた頃から理想の女性は母親であったし、思春期を迎えてからというもの、自慰の時に思い浮かべるのも母親ばかりだった。
 そして母親が亡くなった後、その役柄は詩乃へと引き継がれて現在に至る。
「ありがとう、詩乃さん。でも……どうしてここまでしてくれるの」
 いくら叔父の紹介とはいえ、家政婦の職分を遥かに越えていた。
 あるいは両親を失った洋介に、過度に同情しているのだろうか。
「洋介さんを立派な男性にお育てするのが、私の役目ですから」
 ただそれだけ答えると、詩乃はペニスの先っぽから根元まで、たっぷりと泡を塗りたくる。
 掌と指で出来たトンネルの中を行ったり来たり、幾度も抜き差しを繰り返し、圧迫された尿道から泡混じりの白濁液が滲み出した。
 詩乃の片手は、いつしか睾丸を包む皮袋へと伸びており、中で転がる二つの肉球を大事に大事に弄ぶ。
「はぅんっ」
 蕩けるような悦びが喉の奥から溢れ出した。
 もう恥ずかしいなどと言ってはいられない。
 再び大きなうねりが腰を貫き、射精の脈動は尿道を駆け巡る。
 アヌスを懸命に引き絞り、決壊の瞬間を少しでも先延ばしにしようと踏ん張ってはみるものの、駆け出し者の洋介にはあまりに荷が重過ぎた。
「よろしいんですよ。どうしても我慢できないようでしたら、お出し下さい。そのかわり、出す時は出すと言いましょうね。相手の女の子が驚いてしまいますから」
 幼い息子をあやすような、この上なく優しい囁きに、僅かに残っていた強情も敢え無く溶け落ち、洋介は温かな詩乃の掌に包まれて、オルガスムスの彼岸へと旅立った。
「で、出るぅっ」
 渇き切った喉から、それだけ絞り出すのが精一杯だった。
 言うや否や、全身に痙攣が走り、身も蕩ける射精感に恍惚となる。
 悦楽の奔流は瞬時に脊髄を駆け上り、脳の中心で立て続けに炸裂した。
 余りの濃厚さに、搾りたての生乳さながらに輝く白い精液が、ペニスを掴んだ指の隙間から、びゅくん、びゅくん、と音のしそうな勢いで噴出し、綺麗な放物線を描いて、目の前の鏡に季節外れの雪を降らせる。
「しっかりと息んで、残らず出してしまいましょう。精液は大好きな男の子が気持ち良くなってくれた証ですから、量の多い方が女の子は喜びますよ」
 詩乃は尿道を圧迫しつつ、根元から先端へと勢い良くしごき上げた。
 それに合わせて、洋介は言われた通りに息んで見せ、括約筋を思いきり収縮させる。
「だ、出したばかりだから、そんなに強くしたら僕……くうっ」
 思ったよりも残液は多く、狭くなった尿道を抜けて、ぴゅっ、ぴゅっ、と最後の滴を派手に飛ばす。
 くすぐったい性感がアヌスの奥に弾け、飛沫は手拭の沈む桶の中へ落ちて、泡と消えた。
 緊張から解放された洋介は、すっかり脱力してぐったりしてしまい、柔らかな詩乃の乳房に力無く背中を委ねる。
 噎せ返りそうな熱気の中、密着した二人の肌はバスタオルを染み通すほどに汗をかき、セックスを終えたばかりの恋人同士のように、互いの乱れた呼吸を絡め合った。
「お疲れさまでした。洋介さん」
 年若い主を労わるやさしい囁きが、最高のタイミングで耳をくすぐる。
 射精の余韻にぼんやりする頭を振り仰げば、湯気を抜こうと開けておいた窓の隙間から、雲ひとつない夜空の高みに煌々と輝く半月が覗けた。

「今夜は……帰らないでよ」
 詩乃を見送る玄関先で、洋介は泣きたい気持ちになる。
 甘えてはいけないと思いつつ、けれども、詩乃をこのまま帰す気にはなれない。
「それはできません。私はただの家政婦ですから。今夜の出来事は申し上げた通り、一夜限りの夢と思って、お忘れください」
 静かに、しかし、はっきりとした口調で詩乃は言った。
 それは一線を越えてしまったことへの後悔が言わせた、懺悔の言葉であったかもしれない。
 洋介はもう、何も言い返せなかった。
「今夜も受験勉強、頑張ってくださいね。また明日の朝、お会いしましょう」
 一見、普段と変わらぬようで、されど確かに艶を帯びた純白の笑顔は、明々と降り注ぐ月光を浴びて、夜に花咲く月見草。
 月の入りには失われてしまう、その儚き可憐が、闇の中へと去り往くのを、洋介は黙って見送るしかない。
 当然ながら、受験勉強など手につく訳も無く、詩乃の柔肌を思い出し、夢中で自分を慰めるうちに、忘れられない夏の一夜はゆっくりと深けていくのだった。

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